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ショートホラー25

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25)赤い道

同じ街に十年いても妙に新鮮な景色はあるものです。通勤で
毎日歩く道すがら。人は習性のように同じルートをたどりた
がり、道一本違うだけの路地を歩かない。そう言えばここを
歩いたのはいつ以来だっけと考えてしまうほど。

その道は駅前商店街の一本裏の路地でしたが、表通りにくら
べて細く、なぜか人が少ない道。線路に沿ってのびる道とバ
ス通りをつなぐ道でしたが、道筋の中ほどに古くからある質
屋があって、その斜め前が、かつて銭湯があったころのボイ
ラー跡で、朽ち果てた建物の一部がいまだに残っている。
さらにその隣りが表通りに面して玄関のある内科病院の裏口
にあたり、細い道の両側にずっと生け垣の続く昔からの風景
なのです。
小さな街にはこういうところがあるもので、変わりようがな
いのかもしれません。

そしてその夜の七時過ぎ、いつものように仕事帰り。駅を出
てみると秋祭りで表通りが混んでいた。縁日みたいに屋台が
並び、子供たちが騒いでいる。
それで私は人混みを避けて線路伝いに少し歩き、なにげにそ
の路地へと踏み込んだのです。この街に来た頃は街灯も薄暗
かった記憶はあるのですが、いまはもう明るくされて怖くは
ない。それでも人通りが少ないのは質屋があるからじゃない
かしら。まして夜です、人目を忍ぶようにそこを歩いて変に
誤解されたくない。そんなことではなかったかと思います。

道一本隔てて賑やかなのに裏路地はひっそり沈んでいる。前
にも後ろにも人影はない。質屋さんの明かりと、その対向に
病院の赤いランプがあるだけです。街灯は充分明るいけれど、
それでも暗く沈んだところはある。距離にして五十メートル
ほどの路地でした。
私の靴音だけが響いています。ある意味、田舎より不気味な
景色だったかも。人がいてあたりまえの都会なのに人っ子一
人いやしない。道の途中で生け垣から三毛猫が歩み出て、私
と一緒になって互いに驚き、一瞬見つめ合って猫が逃げた。
「おまえが逃げるなよな、びっくりしたのはこっちでしょ」
そこは街灯と街灯の狭間で暗くなるところ。私は鼻でため息
をついて歩き出そうとしたのです。

猫に気を取られ、次に顔を上げたとき・・。

ちょうど銭湯のボイラー跡があるあたりの暗がりから、黒い
人影がふらふらと歩み出て道の真ん中で立ち止まる。直感的
に怖いと思ったのですが、次の瞬間、その人がばったり道に
倒れたんです。お祭りで飲み過ぎたかと思いつつ私は歩み寄
って声をかけた。
ひどく薄汚れた身なりの丸刈りの男性です。
「もし? 大丈夫ですか?」
『ぐむぅぅ』
地の底で唸るような低い声。そして男が顔を上げたとき、ど
す黒い顔に血糊がべったりついていて、顔全体が腐ったよう
に崩れている。

さらにそのとたん、どうしたことか急に体が重くなってきた
んです。私の居場所だけ空気が淀んだ感じと言えばいいのか、
明らかに見えない何かに包まれたような気がしたわ。
とっさに飛び退いた私でしたが、膝ががくがく震えだし背筋
に悪寒がはしります。

生きた人間ではありません。

私はもがくようにまつわりつく何かを振り払い、ただ前だけ
を見て駆け出しました。ヒールが低いから走れます。無我夢
中。泣き叫びたい思いをこらえてとにかく走った。
ものの二十メートルでバス通り。そこまで行けば商店もあり
ますし、今日はお祭りで人がたくさん歩いている。

明るい大通りへ飛び出して、そしたら体がすっと軽くなり、
けれどもうなりふり構わず走って走って部屋へと戻った。
賃貸のワンルームだったのですが、玄関ドアを後ろ手にバン
と閉めてドアロック。そしてそのまま玄関先にへたり込んで
しまったの。学生時代はソフトボールで鍛えていた。けれど
もうダメ、体がなまりきっています。

しばらくして息が整い、靴を脱いで上がり、振り向いて靴を
揃えようとした。
そしたらそこに、顔が腐って崩れかけた男の人が立っている。
私は口を開けるだけで声の出ない悲鳴を上げて気を失った。

その翌々日、連絡もせず出勤しない私を心配した同僚に発見
されるのですが、私はほとんど丸二日、倒れていたことにな
る。

あの道で、いまから二十年ほど前に凄惨な殺人事件があった
という。細い路地が血だらけだった。地元で『赤い道』と呼
ばれていると知ったのは、その少し後でした。
私のように外から移り住んだ者にとって、十年暮らしていて
も生活圏の一歩外をまるで知らない。都会の怖さを思い知っ
た私です。

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