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ショートホラー26

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26)対処法(ホラー短篇終話)

仕事柄、深夜に独りでワープロに向かうことが多い私。少女
向けの恋愛小説を書いています。大学では文学部。一度は出
版社に勤めたのですが、その頃お付き合いのできた女流作家
のすすめもあって書きはじめたのが執筆業へのきっかけとな
ったのです。
いまはフリー。でもいきなり作家だけでやっていけるほどこの
世界は甘くない。それで旅行雑誌の記事にも手を出すように
なっていた。取材で各地を回ることも知識をひろげる上でプラ
スになると考えたから。
もうすぐ二十九歳、いまだに独身。女としてもいろいろあって、
人並みの結婚には魅力を感じることができなくなって本腰を入
れて書きはじめたということなんですが・・。

執筆は、急ぎの仕事だと取材先のホテルだったりしますが基
本的には素材を持ち帰って自宅で書く。落ち着ける環境のほ
うがはかどることと、小説を書くにしてもそれなりに資料の整っ
た環境でなければならないこと。雑音のない自宅の方が書き
やすい。
マンションでも都会の日中は音が邪魔です。深夜に書くと進み
ますので生活がすっかり夜型になってしまった。大げさに言う
なら俗世を遠ざけるように生きている。

そんな暮らしの中で、ここのところ背後に嫌な気配を感じて
ならないの。誰かに見られているような、得体の知れない何
者かが背中に寄り添って肩越しに覗かれているような気がし
てならない。
いつもというわけでもありませんが、旅先よりも自宅で書いて
いるときほど頻繁にそんな気配を感じるのです。ひどいとき
にはデスクに向かう耳許で吐息のような息づかいさえ感じま
す。総身に鳥肌が騒ぎ出し、怖くなって振り向くこともできま
せん。

よく言われる、お部屋に何かがいるといった感じ。だけどここ
に住んで五年ほどになりますが、こんなことはつい最近はじ
まったばかりなの。旅先で何かを連れてきた。それでもなけれ
ば持ち込んだ資料や写真の中に何かがいる。それ以外にお
部屋に変化はないのですから、そうとしか思えない。
それで私は出版社時代に一度だけ取材で会ったことのある霊
能者の女性を訪ねることにしたんです。女性誌によくある心霊
特集の取材でお会いした。お相手は四十代の方ですが、その
世界では知られた人です。

「あらそう? でも、こうして拝見する限り、よからぬものは憑い
てないわよ。いるとすればお部屋でしょうけど、何かに取り憑か
れているのなら念のようなものを感じますからね」
「いまは憑いてない?」
「ええ、まったく」
それで、お忙しいのにわざわざ私の部屋を訪ねてもらい、見て
くれたのですが、それでも異変はないとおっしゃいます。

「だとすると邪悪なものでもないでしょう。考えられることがある
とすれば・・」
まじまじ見つめられて、私は息を詰めていたんです。何をおっし
ゃるのかが怖くなって。
「そのとき誰かが念を飛ばしている・・それはおそらく男性の生
き霊・・これまでに捨ててきた男たちの誰か」
にやりと笑われてしまいます。
「捨ててきたって・・私はそんな女じゃないつもりなんですけど」
ちょっと憤慨。私はそんなにひどい女なのかしら。それでも彼
女は眉を上げて微笑みます。
「それは自分でそう思うだけ。相手にすれば憎しみの対象に
なることだってあるものよ。私にも覚えがあるけれど、たとえば
駆け引きそのほか女の常套手段を使いすぎて去って行った。
あなたの方が一方的に冷めてしまって距離を置いた。はっきり
しない態度で苦しませた。それらは女なら一度や二度はあるこ
とで、あなたが忘れていても相手にすればそうじゃない」

そう言われると私にだって心当たりがないわけではありません。
でもそれは人並みの女の範囲であって、たいした問題でもない
と思う。

「ですけど、それで悪いことが起きてるわけでもないみたいだ
から、恨みや憎しみよりは慕情といったところでしょうね」
「相手が私を忘れていないと?」
「そういうことよ。だけど注意は肝要ね、慕情と憎悪は背中合わ
せですし、死霊なら祓えばいいけど生き霊となると飛ばす相手
がいる限りつきまとわれるものですから」
「ですけど、どうしていまさら? これまでなかったことなんです
よ?」
「お相手の身の上に変化があったってこともあるでしょうし、あ
るいは何かの拍子にあなたの方が思い出したんだわ。あなた
の念が相手に飛んで相手の念がそれに応えた。よく考えてごら
んなさい。対処法はひとつよ、対決するしかない」
「対決する? どうすればいいんですか?」
「今度気配を感じたら振り向いてみることね。とんでもない人が
いることだってあるでしょうけど、頑として譲らないこと。霊はや
さしくされるとつけあがるものですから、きっぱり言うのよ、『もう
嫌、来ないで』って」

だけど誰だろう?

思春期の頃から社会に出たいまのいままで、私だって何人か
の男性は知っていますし、見向きもしなかった男もいる。
対決しろと言われると怖くなります。思ってもいない人だったら
どうしよう。日常よく知る人ならなおさらで、意識しながら付き
合わなければならなくなる。

もうすぐ二十九です。結婚をまるで考えないわけではなかった
し、そっちに目をそむけているだけで、そのじつ焦りのようなも
のがないとは言えない。
私自身が思い出し、私の念が相手に飛んで、相手の念がそれ
に応えたという言葉が妙に引っかかっていたんです。
旅行雑誌をやっていると思い出の土地を訪ねたりもします。
海や山や温泉のあるところ。食べ物が美味しくて有名なところ。
ベタな観光地の周辺が多く、当然のようにかつて彼と遊んだ
場所にも行かなければならなくなる。

楽しかった頃のことを思い出し、彼の面影も脳裏に浮かぶ。
あのとき言い過ぎなければ。あのときもっと理解してあげてい
れば。私さえその気なら若さの勢いで結ばれていた彼だって、
いなかったわけじゃない。
かすかな後悔となって消えずに残る記憶。そんなものが私の
中で蠢きだして念を飛ばした。彼だって不本意な想いを引き
ずったままでいて、だから私の念に応じてくれた。
女独りで生きていることにそろそろ疲れているのかもしれない
と考える私がいることを否定できなくなっている。

心当たりは一人。当時の私はまだ子供の部分が多くて強すぎ
る男性が怖かった。彼の気持ちをわかっていながら試そうと
し過ぎたし、その頃の私が安住していた輪の中へ引き込もう
としたんだわ。出版社に勤めはじめて女性誌を担当し、その取
材先のスポーツクラブで出会った人。
私の中になぜか、そうだと嬉しいといったような妙な感情が生
まれています。

ところが・・背後に立つ誰かを見極めようと気持ちが定まってい
るのに、気配がぴたりとなくなった。一週間、半月、そして一月
と、現れてくれなくなった。
気のせいだったのかもしれないと思いはじめていたのですが、
大学時代の友人からふいに電話があったんです。仲良しだっ
たのに、あることをきっかけに付き合わなくなっていた。私のこ
とを陰でいろいろ言っていると知ったからです。

「亡くなった? 優ちゃんが?」
「脳の病気でね、半年ほど前に入院したんですけど、ここ三月
ほどは昏睡状態だったらしいんだ。あの子から電話があった
の。戻ってくれなかったって・・」

違う。私が想っていた人じゃない。直感的に私はその人の面
影が脳裏をよぎった。

学生だった頃のスキーのサークルに仲の良かった女友だちが
二人いて、男の子たちに混じって遊んでいた。その男の子の
うちの一人なんですが、電話をくれた彼女が想っていた。私も
好きなタイプでしたから、はっきり言って彼女は恋敵。
それであの子、私のことを陰でいろいろ言いだした。私と彼女
の関係がギクシャクしだし、それで彼は、私たち三人の中の残
った一人と付き合うようになったんです。

なんだよそれって思いましたね。私たちの間にいて傍観してい
るだけと思っていた子なんですよ。私も彼女も無警戒。抜け駆
けみたいなものですけれど女同士の関係なんてそんなものだ
わ。女三人で一人の男性を想うようになると簡単に壊れてしま
う。
そんなことがあったから人間不信になったのか・・いまだ踏み
切れない理由のひとつなのは間違いありません。
彼とその子は、それからずっと付き合っていて、いつの間にか
結婚していた。彼の海外赴任があったそうで、いまだに子供
はいないんだと電話の向こうで彼女は言います。

「あの子も入れて三人で会おうか?」
「いいわよ、決まったら教えて」

私の中で、もしかしたら自分勝手に封印していた恋への想い
が騒ぎ出していたんです。七年ぶりに彼女から電話をもらい、
私も向こうも電話番号が変わっていない。お互い、それでも
電話を待つ気持ちが残っていたのか。ふとそう考えた私です。

電話を切って時刻は九時。シャワーしてデスクに向かえば普
段通りの夜の執筆。外はどうやら雨らしい。今夜は特に静か
だったし、彼女と話せたことでなぜか心が軽くなっている。

だけど、それにしたって・・。

入院したのが半年前、昏睡状態になったのが三月前・・ちょう
どその頃からなんですよ、背後に気配を感じだしたのは。
死への床につき、回想するように楽しかったあの頃を考えた。
自意識過剰かもしれませんが、彼は私を想ってくれていたの
では?

「それはないか・・そうだと嬉しいけどね。ふふふ」

横目で時計を見ると時刻は深夜の一時になってる。女三人で
男を奪い合うような小説もいいかもしれないと思った、そのと
き・・お部屋の半分を暗くした私の背後に、ゾクゾクとする霊気
を感じた。

寒気がするのに、どうしたことか怖いとは思えなくなっている。
正体を見極めたい。そんな気持ちが勝っていました。
私は椅子ごとゆっくり回して振り向きます。そしたらそこに、薄
闇の中に白くにじむ輪郭が浮き立っていて、男性が立っている。

「優ちゃんよね?」
彼の霊は沈黙したまま哀しそうな面色です。
「いまさらそうやって出てこられても嬉しくないのよ。消えてちょ
うだい。つきまとわないで。さようなら!」
思わず口をついたキツイ言葉。一月ほど前までは生き霊でし
たが、いまは死霊。優一君は物言わず、すーっと後ずさり、闇
の中へと消えていきます。

涙があふれてなりません。

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