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流れ才蔵(十一話)

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十一話 美しき月

 その夜、才蔵は本堂へと上がる数段の踏み段に腰掛けて、瞬く星空の
中にくっきり浮かぶ三日月を見上げていた。深夜。寺はひっそり穏やか
に月闇の中に沈んでいる。

「和尚とは何者だったのかと考えているんだが」

 高床の縁の下、さらに闇が濃くなるところにお泉が潜む。才蔵が座る
踏み段の裏側だった。お泉は何も言わず聞いている。
「若かりし和尚もまた僧兵だった。されどその頃の林景寺は江戸に牙を
剥くものでもなかった。世継ぎ争いに敗れた忠長一党、あるいは由井正
雪の息がかりやも知れぬが、そういう者どもが入り込んだがゆえに林景
寺はおかしくなった」
 お泉は呼吸の気配さえも感じさせない。静寂の闇には小声で充分。
「和尚は早くに寺を出ているがゆえにそうした輩とは別物と考えていい
のかも知れぬし、だとすれば本山の異変を快くは思うまい。秘密は隠そ
うとするだろう。その頃あったからくりを壊してでも隠し通そうとする
のではないか。それが表に出れば世が乱れることはわかっておる」

 そこではじめてお泉が言った。
「城中とのつながりはなぜにってこともあるしね」
「うむ、そこも気になる。ある秘密を和尚が守ることを条件に金を届け
させ、それが結局、童らを守ることともなっている」
 才蔵は浅いため息をつきながらちょっと笑い、語調を崩してさらに言
った。
「さて暴いていいものか。ここで俺ごときがしゃしゃり出て化け物を掘
り出してしまったらと思うとなぁ」
「けど坊主どもはきっと来るよ。ここが公儀支配となったと知ったら何
が何でも奪いにかかる。それほどの大事がここにはある」
「そうだな。その大事とは何かってことよ。で、その後は?」
「ないね何も。紀州は動かない。けど、あたしが気になるのは公儀の手
も動かないことなんだ。それほどの大事なら見張りの忍びぐらいは動か
してもいいはずだろ。秘密そのものを葬ってしまえばいいのに、とも思
ってさ」
「それができない何か・・ゆえに薄気味悪いのよ、こそこそ金を届けさ
せ、それはすなわち公儀にとって身内さえも欺く行い。これはえらいこ
とだぞってよ、ますます気味が悪くなる。あるいは亡霊を目覚めさすよ
うなことになりはしねえか・・とな」

 このときもちろん才蔵は才蔵で、お泉はお泉なりに、この寺にあって
探れるところはあたっている。からくりのようなものはどこにもない。
とすると、万一のときのことを思った和尚が、からくりごと秘密を葬っ
てしまったとも考えられる。
 才蔵は言った。
「お香はここで童らと暮らしてえのさ」
 お泉はちょっと眉を上げて微笑んだが、才蔵の座る踏み段の下。
「いい人もできたことだしね」
「ふふふ、そういうこったな。ここで亡霊を怖がって手を引くわけには
いかねえ。秘密を暴くことそのものも隠し通さなきゃならねえし」
「それで納屋だけどね、妙だとは思わないかい?」
「何かあるのか?」
「いや、そういうことじゃなくだよ。下木(基礎部分)だけに新しい材
を使ってるね。石基礎で地べたからの浮きがあるとはいっても下木は腐
る。時期が来れば替えるものなんだけど、気づいたのはそれぐらいだよ。
本堂も庫裏も、縁の下から屋根裏まで調べてみたけど何もない。もっと
たやすいものなんじゃないかって思ってさ」
「たやすいとは?」
「埋めて大石で塞ぐだけとか、そういうことさ」
 境内には苔むした大きな石が置いてある。
「あの納屋、馬小屋だったと言っただろ」
「うむ。それが?」
「風呂の焚き口がすぐそばなんだよ。馬は煙を嫌がるからね」
 才蔵はハッとした。
「馬小屋を動かした?」
「考えられるね。前にも言ったけどコロ(重い物を転がす丸太)を使え
ばあのぐらいのものをずらすことはできるから。武家屋敷じゃあるまい
し馬小屋なら門に近いほうがよくはないかい? それこそ臭いし」

 お泉は境内の隅にとってつけたように置いてある大石を気にしていた。
庭の造作というほど出来の良い庭でもない。
 からくりからくりとむずかしく考えるから見当たらない。納屋はかつ
て馬小屋として門の近くに造られてあり、その地下に何らかの仕掛けが
あった。そう考えると納得できるし、金を届けた女はそれを知っている
から納屋を気にした。
 才蔵は言う。
「となると古い話だ、二十四になるお香が知らない。まあしかし、そう
かも知れぬな」
「訊いてみるよ、そのへんの年寄りに。寺の昔を知ってるだろ」
 それだけ言うとお泉の気配は闇へと去った。
 才蔵は大きな桜の木の下に置いてあるいびつに丸い大石に目をなげた。
 そしてふと見上げると、いましがたまで夜空にくっきり浮いていた三
日月が、深夜となって冷えてきたからか、うっすらと靄に覆われて朧月
に変わっていた。それがまた詫びて美しい。

 翌日はよく晴れて、しかしその次の日には厚い雲が空を覆いだしてい
た。
 寝込んでいたお花も元気になって、十吾とふたり、朝方に訪ねて来た
仁吉と境内を走り回っている。仁吉は普請場の休みで昨夜一度浜町にあ
るという親元を覗いていたのだったが、翌日には普請場にある飯場に戻
り、漁師の家からくすねてきた魚やイカの一夜干しを持って寺にやって
きた。お香のそばにいたいというより童らが気になってしかたがないと
いった様子。童らも喜んで、仁吉をおもちゃにして遊んでいる。
 お香が丸い竹カゴを才蔵に見せて言う。
「今宵はほら、魚やイカや、ご馳走で」
 お香も嬉しそうだった。

 そんなときだ。丸太を二本立てただけの門の下から、丸く大きい坊主
笠をかぶった僧が五人、傾斜を歩んでやってくる。
 一見して、先に立つひとりが歳上、後ろの四人が明らかに若く、それ
ぞれがギラリと光る錫杖(しゃくじょう)を持っている。僧が持つ錫杖
とはすなわち槍。鉄の丸環がついているとはいっても武器になるものだ
った。
 不気味に歩む僧どもの影が近づいて、才蔵は仁吉を手招きしながら、
お香に対しても童らを奥へと小声で言った。
 このとき才蔵は納屋にいて、着物をまくり上げてたすき掛け。庫裏の
物をしまうために新しい板で棚を作っていた。
 才蔵は着物の裾を直しながら矢面に歩み出た。しかし丸腰。青鞘の剣
は本堂に置いたまま。

 物静かだが有無をも言わさぬ足取りで歩み寄る五人の僧。先に立つひ
とりはともかくも後ろの四人はおそらく武士。隙がない。四人ともに背
が高く、黒い法衣から出る腕が隆々として太かった。
 先に立つひとりが坊主笠を少し上げて才蔵を射るような目で見つめる。
六十に近いシワ深い顔立ちだった。
「我ら五人、伊豆の寺から参った者じゃが、そなたは?」
 才蔵は名乗らず言った。
「ゆえあって寺をたたもうと手伝ってはいたんだが、里子に出した童が
戻ってきてしまいましてな。しばらくは寺におくしかなくなった。ゆえ
にいま納屋を手直ししているところ」
「ふむ、左様か。ではこの先も寺はこのまま?」
 後ろの四人は編み笠で面体を隠したまま互いに顔を見合っている。
 才蔵はわずかにほくそ笑みながら語調を変えた。
「ま、てぇことになるでしょうな。ときに伊豆の寺とはどちら?」
「林景寺と申すが、それが?」
「ほうほう、あの樵どもの村にある?」
 先に立つシワ深い男の眼光が鋭くなって才蔵を睨みつけた。

 しかし才蔵はひるまない。
「拙者は流れ者ゆえ伊豆も知る地。林景寺のある村に世話になったこと
がありましてな。しかし、さても妙だ、あの寺では坊主どもが消えたと
聞き及んでおりますが」
 背後の四人が才蔵を囲むようにさっと左右に散ったのだが、先に立つ
老僧が手をかざして四人を制し、言うのだった。
「この寺の亡き住職は我らと同門、預けてあった物もあり、よもや次の
住職がいりようならばと参ったまで」
 才蔵は左右に散った者どもを涼しい眼光で抑えながら言った。
「それは先だって仏像そのほか持ち出されたはずでは? それにいま、
この寺は寺社奉行支配。面倒を起こされるとよろしくないかと・・ふふ
ふ」
「いいからそこをどけ! 斬るぞ!」
 しびれを切らした右横のひとりがすごみ、シャランと金輪を鳴らして
錫杖で身構えた。
「ほほう、斬るぞ? これまた妙だ、斬るぞとは武士の言いざま、坊主
とも思えませんな」
「問答無用!」
 先に立っていたひとりが一歩二歩と退いていき、両横と背後の四人が
丸く大きな坊主笠をむしるように剥ぎ取って、四人それぞれ中腰となっ
て錫杖を構える。四人ともが坊主頭となって僧を偽る姿であった。

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