流れ才蔵(十四話)

nagare550.jpg

十四話 舞い込んだ縁談

 女がふたり、お香とお泉。童がふたり、十吾とお花。四人で揃って
買い出しに出て行って、ひとり残った才蔵は、中の廃物がすっかりな
くなった納屋にいて、新しい材でこしらえた棚板を手にしながら薄暗
い納屋の中を見回していた。
 細工があるとすれば地下。藁葺きの屋根は隠し幕をはずしてからの
作業であって、だいたいが納屋に天井などはなく、古い材の太い梁が
組まれてあるだけ。馬の居場所も定まっていて、そこには手が入って
いない。
 そしてまた、こうしてひとりでこもってみると、意味の解せない妖
気のようなものさえ漂う気がしてならない。才蔵でさえも身震いする
不思議な空気に満ちている。
 馬の居場所は縦板柵で囲われていて、手綱をつなぐ横丸太が残り、
それだけで納屋の中のほぼ半分を占めている。残る半分はいまは土間。
おそらくここに昔は板の間が造られてあり、からくりがあって地下に
入れるようにされていた。そう考えるのが自然だったし、暴こうとす
るならば掘り返してみるしかない。
 隠された秘密は、はたしてそれを望むのか。暴かれたがっているの
か拒むのか、ふとそう思ってしまうのだった。

『それを知って何とする?』

 竜星和尚の声が聞こえる気がする。才蔵は数枚の棚板を棚枠に配っ
ていきながら、さて困ったとため息をついていた。
 棚板を並べ終えて外に出る。中とは明らかにちがう白い風。納屋の
中には黒い空気が淀んでいた。
 狭いながらも静かな境内。地べたのあちこちに残っていた血の跡も、
土をかぶせ、雨に打たれて消えている。草源寺。草花の源となる大地
に建つ寺。そういった銘々だろうと考えるほど、ここで二度と斬り合
いなどあってはならないと思うのだった。孤児たちの里。仏に守られ
る童たちの家なのだから。

「まあ待つか」
 独り言をつぶやいて、才蔵は本堂への踏み段に腰を降ろし、穏やか
に晴れて風のない境内を見渡した。桜の木から赤茶けた葉が一枚、は
らはらと舞い落ちた。
 いますぐ暴くわけにはいかない。柵を造って生け垣とする。役人ど
ももやってくれば、その人足どもの中に忍びが紛れていないとも限ら
ないからだ。

 丸太を二本立てただけの門の下から、お花の明るい声がやってくる。
背丈のあるお泉、次にお香、それから小さなふたりの姿が覗く。
 お香がいつもの笑顔で明るい。竹で編んだカゴを抱えて才蔵の元へ
と小走りにやってくる。
「ほらぁ見て、美味そうだろ」
「おぅ、茸かい?」
「シメジ。お泉さんが美味いよって言うからさ。たくさんでも安かっ
たし」
 お泉が横で笑って言った。
「焼いてもいいし汁でも美味いし」
 お泉の里は若狭の山里。食べつけているのだろうと才蔵は思う。
 カゴの中に山盛りにして茸のシメジが詰まっている。軸の太いいい
茸だ。お香は、ふたり一緒にカゴを覗く十吾とお花を右と左に裏口か
ら厨へと入って行き、お泉はそのまま才蔵の座る踏み段の一段下へと
腰掛けた。

 お泉が言う。
「童のときのことを思い出しちまう。あたしだって・・ふふふ、いい
や、思い出したって仕方ないしね、そんな家が嫌で飛び出しちまった
あたしだし」
「似たもの同士か」
「さあ、それはどうだか。けど、あたし」
「何だ?」
「ここへ来てよかったよ。うまく言えないけどね」
「そうか、ならばよかった。やさしい顔してら」
「あたしがかい?」
 と、ふらりと顔が横を向く。細面で鼻筋の通る、女にしては冷たく
感じる顔立ちかも知れなかった。
 才蔵は言う。
「無論そうさ、はじめは目が尖っていたが・・ふふふ」
 そっと手が伸びて肩に置かれる。これまでなら男の手など払いのけ
ていたところ。お泉は心してそっぽを向きつつも、ほんのわずか肩を
寄せてなすがまま。
「柵造りがはじまるだろうぜ」
「そうだね。しばらくは手をつけない?」
「そういうこった。納屋の中に妖気が漂う、そんな気がしてならねえ
のさ」

 お泉は、今度ははっきり横顔を向けて、ほくそ笑みつつ言うのだっ
た。
「ふふん、それが怖いお人でもないだろうに」
 それは、くノ一を定めとして生きてきたお泉が、男に向けたはじめ
ての女らしい横顔だった。
「怖いさ、俺は妖怪じゃねえんだぜ」
「妖怪って言うのなら女にとって男は妖怪」
「おろ? だとすりゃ、俺にとっちゃ女は般若よ、ふっふっふ」
 お泉は唇の角をちょっと噛んで、ぷいとそっぽを向き、才蔵に隠れ
て微笑んでいた。

 気の抜ける寺での暮らし。お泉は日に日にトゲが抜けてしなやかに
なっていく。それはお香もそうだった。才蔵に対してもそうだったが、
四六時中やってくる仁吉に対してはどんどん女の艶が増していく。
 一日また一日。気がつけば十日、また気がつけば十日。季節は移ろ
い、神無月(十月)も終わりにさしかかる。
 新しい杭を打ち、新しい縄で囲った柵ができ、冬でも葉のある木を
配して門のあたりは生け垣。そして門前に『寺社奉行支配 草源寺』
の立て札が立てられた。

 そんなときだ、仁吉が大工の親方に連れられてやってきた。親方と
いう男、歳の頃なら五十年配、仁吉に比べるまでもなく体が大きく、
図太くしかし穏やかといった風体。本堂に通されて、お香が茶を支度
して歩み寄る。
 そのときもちろん、童ふたりも才蔵もそばにいて、お泉だけが、ち
ょっと出てくると言っていなかった。
 茶を出された親方が、お香に向かって座れと言う。意味が解せず、
それでもお香は前掛けを外して正座で座った。
 仁吉と連れだってやってきた。親方の言うことなど知れていた。才
蔵は幼いふたりを左右に座らせ、にやりと笑って仁吉の横顔を見てい
る。
 親方が言った。
「じつはな、お香ちゃん」
「はい?」
「仁の野郎からしつこく聞かされてましてな、お香ちゃんほどやさし
い娘はいねえって、毎日毎日うるさくて」
「ぁ、はい・・」
 お香の頬がかーっと熱を持って赤くなる。
 親方は微笑んで、なおも言いかけたのだが、慌てるように仁吉が割
って入った。
「いやな、お香さん、親方にはおいらから言ったんだ、どうしても一
緒に来てくれって」
 お香は声もなくうなずいて、上目がちに仁吉を見つめている。ふた
りとも大工の姿。木の匂いがぷんぷんする。仕事中に駆けつけたのは
明らかだった。

「おめえが言うか?」
「へい親方」
「おおぅ、言ってみろや、はっはっは」
 仁吉が震えている。才蔵はこらえきれずに十吾の肩をつっついた。
十吾が「くくく」と笑う。十吾でさえ何しに来たかはわかっている。
 仁吉が言う。
「お香さん」
「・・」
「おいらずっとお香さんと暮らしてえ。おいらの嫁さんになってほし
いんだ」
 親方が眉を上げて、にたにた笑う十吾と、目を丸くするだけのお花
に目をやって、それから言った。
「心からだぜ。こいつぁな、お香ちゃん。そこのチビふたりもひっく
るめて面倒みてえって言ってやがる。心底おめえさんに惚れてるのよ」

「おい、ちょいと出るか、あほらしくてやっとれん」
 才蔵は笑って十吾とお花を外に引っ張り出していく。
 歩きながら才蔵は、両脇に従える童ふたりに交互に言った。
「よかったな十吾、お花もな。姉ちゃんいよいよお嫁さんだ」
「よかったぁ! お嫁さんお嫁さん、きゃきゃきゃ」
 お花がはしゃぎ、しかし十吾は戸惑った。
「おらたち邪魔だろ? いないほうがいいんだろ?」
 才蔵は、そうじゃないと首を振ったが、この歳で姉を気づかう気持
ちが嬉しく、十吾の頭を手荒く撫でた。
「そりゃ違うぜ、仁吉はおめえらだって可愛いのよ。何もかもを飲み
込んで、そんで今日はやってきた。なあに父親だと思うことはねえん
だよ、兄ちゃんのままでいい。仁吉はおめえらの生き様にうたれたの
よ。思いやる心を持った十吾のことを誇りに思い、可愛いお花も誇ら
しく、だから今日やってきた」
「うん、わかった」
 涙ぐむ十吾。よくわけもわからずに、そんな十吾を見つめるお花の
小さな目。

「どうでぃ、お香ちゃん、こいつの気持ちをくんでやってはくれねえ
かい? ここで暮らすと言ってるんだぜ、みんな一緒によ」
 お香は泣いてうなずいた。何度も何度もうなずいた。
「ぅっ・・あぅ」
「てめえが泣くなっ、ったくもう! 今日のところは仕事に戻るぞっ、
コキ使ってやっからなっ! がっはっは!」
 親方に肩を叩かれて仁吉は涙をこぼして笑っている。本堂に響き渡
る大きな声が才蔵の耳にも届いていた。

 ほどなくしてお泉が戻り、才蔵に耳打ちした。ここからそう遠くな
い同じような寺に潜んだ坊主どもが消え去った。
「ときに何かあったのかい? お香の目が真っ赤だよ?」
「めでたく嫁さん」
「へええ、仁吉と? 言いに来た?」
 才蔵は苦笑い。
「けっ。親方に連れられてよ、たったいま帰ったばかりさ。あの野郎、
ひとりじゃ言えねえもんだから。ったく、勢いだけで生きてやがる。
ふっふっふ」
「そうかい、よかったねぇ・・あったかい寺だよここは」
 お泉は、厨にこもって夕餉の支度をはじめていたお香のそばへと歩
み寄り、そっと肩を抱いてやる。
 お香が小声で言った。
「ふたつも上なのにね」
 仁吉は歳下だ。
 お泉が小声で応じた。
「ふたつも下なのにね。けど頼れるだろ?」
 お香はこくりとうなずいた。
「あたしあのとき・・」
 才蔵を五人の敵が囲んだとき、板戸のつっかえ棒を握り締めて飛び
出して行ったときのこと。
「この馬鹿って思いながらも男だなぁって・・守ってくれてるって」
「はいはい、わかったわかった、あほらしくてやってられないね」
 パァン!
「あ痛ぁっ! ああん、もうっ、恥ずかしいぃ!」
 お香の尻っぺたをひっぱたいて、お泉はそのまま横に立って支度を
手伝う。

 庫裏から本堂は遠いようでも近い。同じ屋台組みの中にあって声が
響く。
「ちぇっ」
 才蔵は小指の爪先で耳の裏を掻き、斜陽に染まりだした境内を横目
に見ていた。風呂から出た十吾とお花が、まるで小さな夫婦のように
寄り添って桜の木を見上げている。
「そっちもかい・・お花め、お嫁さんの真似してるってか・・」
 坊主どもは消えた。しかしそれは散っただけ。才蔵の眼光は涼しか
った。

 その夜は丸い月が浮いていて星々もきらびやかに瞬いた。夕餉を終
える頃になって仁吉はやってきて、皆に囲まれてやいやいうるさい。
 才蔵はひとり本堂を抜け出して、寺のすぐ裏からはじまる林を抜け、
ほどんどが丸い石を置いただけの墓のある草原に歩み出た。墓石らし
いものもないではなかったが、点在する墓はどれもがここらの貧しい
者たちの墓所であった。和尚が死んで墓石が消え、穴の開いたままに
された墓もある。仏を別の寺の墓所へと移したからだ。
 そんな中、才蔵は、できたばかりの新しい墓の前に立つ。やはり丸
い石を置いただけ。しかしそこには、お香が花をたむけていた。才蔵
の剣に倒れた坊主どもの墓である。
 才蔵はもの言わず、手を合わせるわけでもなく、ただ石を見つめて
佇んだ。

「何者か・・」

 木陰に気配。しかし殺気は感じられず、才蔵の声も穏やかだった。
 少し離れた木の陰から小柄な黒い影が歩み出て、片膝を折って座り、
才蔵を黙って見つめ、何を言うでもなくそのまま闇へと失せていく。
柿茶色の忍び装束。身の丈そして身のこなしから、くノ一だろうと思
われた。礼を尽くして去ったところから敵ではない。

「心せよということか・・何者なのやら・・」

 才蔵は月を見上げてつぶやいた。城中の何者か、おそらく大奥の何
者か、その手の者だと考えた。気配りしておるゆえ心せよ・・そうい
うことであったろう。
 そのとき背後にはっきりとした気配。
「やってられないね」
「だろ?」
「けど、いい若衆だよ」
 お泉。藤色小花を少し散らせた赤茶の着物。風呂上がりで結い髪を
降ろしていて、髪を上に丸めてまとめた、くだけた姿だ。
 才蔵は、たったいま見張られていたことを告げなかった。

「お泉よ」
「うん?」
「そろそろ俺たちが邪魔となろう」
「カタをつけるかい?」
「そろそろな。流れ者がつっかかってはしかたがねえや」
「ふふふ、まったくね」
 才蔵は月を見上げて言う。
「・・ともに行くか」

 そのときお泉は一歩退いて立っていた。まさかそんなことを言われ
ようとは思っていない。くノ一は影。それが定め。
 お泉は斜め後ろの才蔵の背にちらと目をやり、わずかだが逆向きに
身をそらす素振りをした。言葉にはならなかった。
「今宵は庫裏でおまえと俺。お香は揃って広間だろうぜ」
 お泉は、才蔵の目の届かぬところで、今度こそしっかりと才蔵の横
顔を見つめ、ちょっとうつむいて微笑んでいた。
「忍びを抜けろ」

 どうしたことか、お泉の立ち姿が流れるように才蔵の背へと溶けて
いく。

0 コメント

コメント投稿