続・流れ才蔵(一話)

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一話 海女たちの海

 そそり立つ背後の屏風岩に守られるようにある女ばかりの部落。
村と言うにはあまりに小さく、それはさながら海女どもの集まる海
の番屋のようなもの。数軒のあばら屋、そこに暮らす女どもは総勢
十四名だと言うが、四十そこそこの歳嵩の千代のほか女たちはだい
たいが若かった。上でも三十そこそこ、下は十代。女ばかりが身を
寄せ合ってできたばかりの部落であれば家はもう少し新しくてもよ
かっただろう。海風を防ぐためか家々はすべてが平屋で、仮建てそ
のものの古い小屋の集まりといった部落である。
 密書を携えた武士を救ったと言うが、そんなものはにわかにつく
った言い逃れではないか。あるいは、かつてそういうことがあった
としても、それとこれとは話が違う・・おおよそそんなことではな
いかと、このとき才蔵は考えた。

 才蔵が千代に問う。
「そなたらは海を生業(なりわい)に?」
 千代は言った。
「女たちを見てもわかるように我らは海女の部落でね。ここらの海
は見た目は浜だが急深で、一泳ぎもすれば底は岩。貝などたくさん
穫れるんだ。浜伝いに少し行けば岩の海だし、船などなくても漁は
できる。もともとここは近くの村の番屋の集まりだったんだが、嵐
で高潮にやられてしまった。大勢死んだ。それで村ごと、もっと北
に移っていったさ」
「なるほど、それでここに?」
「もう五年になるかね。おまえ様のように江戸から来た者もいれば、
もっと北から流れてきた者もいる。皆が貧しい。十二、三で売られ
ていく娘たちが多いんだ」
 そのへんのことについて嘘はないだろうと才蔵は思う。
「まあ話はわかった、俺は才蔵、よろしく頼む」
「才蔵様」
「様などいらぬ。侍扱いはまっぴらだ。流れ者ゆえ、どうなりと呼
ぶがいいぜ」

 千代は眉を上げて小首を傾げると、すぐ隣りに座るお泉に目をや
ってちょっと笑った。
「おまえ様方、なさぬ仲というわけでもないだろうに」
 才蔵は言う。
「流れ流れた木っ端のトゲが艶布を引っかけた・・とでも思えばよ
かろう」
 お泉が呆れたように才蔵を流し見た。どうしてこう粋な言葉が浮
かぶのか。
 千代は目を細めて浪人姿の男を見つめている。そんな言い回しに
育ちの良さを感じたからだし、気取らない男の性根を見抜いていた。
 千代は言う。
「北へ行くのかい?」
「そのつもりだったんだが、なにぶん冬ゆえ、まずは行けるところ
までと思ってな。されど風が冷えてきた」
「ふふふ、わかった、留まりたいなら、それもいいさ」

 千代は、間近にいた若い娘に目配せすると、座を立ちながら才蔵
に向かって言う。
「空き家をつくる。ちょいと待っておくれでないかい」
「空き家とは?」
「四人殺られたって言っただろ」
「ああ・・そういうことか」
「支度する間、湯にでも浸かって温めるがいい。それがあるからこ
こはいいのさ。お邦(くに)、おふたりを湯へ」
「はい頭・・ぁ」
 頭と思わず言ってしまった娘の目がちょっと笑って、舌を出す。
お邦はまだ十六、七の娘であった。

 お泉とふたり外に出て、猫の額ほどの平らな岩の上にかたまった
数軒の小屋のような家々を縫って行くと、背後のそそり立つ岩壁に
ぶちあたる。そこに斜めに岩が裂けたような洞窟があり、少し入る
と湯が溜まって湯気が上がる。温泉が湧き出していたのだった。
 洞窟の口に向かって板で組んだ目隠しが屏風のように立っていて、
その向こうが脱衣、さらに先の一段下に自然のままの岩の凹み。ご
つごつとした岩風呂で透き通った塩泉だ。
 才蔵もお泉も目を見張る。
「ほう、湯が湧くか・・」
 お邦という娘は小柄で丸顔。背丈はまあそこらの女なりだが童を
そのまま大きくしたような、くりくりした目をしている。
「夏にはちょっと熱いけど、いまぐらいならちょうどいいと思うよ。
出たらそのへんにいてくれれば誰かが見つける」
 くすっと笑って背を向けたお邦を才蔵は呼び止めた。
「おいおい、てえことはだが・・」
「そりゃそうさ男女の別などありゃしない、女ばかりの部落なんだ
し・・うぷぷ」
 そっぽを向くお泉を察してお邦は笑い、駆け去っていく。

「ふむ・・まあ、そういうこった、ともに浸かるか」
 お泉は声も出せず、横目に才蔵を睨みつけた。
 寺の庫裏で寝間着越しに抱かれたことはあっても素肌に触れられ
たことはない。この人と一緒にいると、どうしてこうなってしまう
のか。呆れて物も言えない。
 粗末な板を立てただけの目隠しの裏側に青鞘の刀を立てかけて、
さっさと脱いでいく才蔵。お泉は背を向けたまま動けなかった。
 湯の乱れる音がした。
「おおぅ、いい湯だ、おめえも入れ、こりゃあいいぜ」
「ちぇっ、何言ってんだか・・たたっ斬るよ」
 そんな言葉とは裏腹にお泉は頬が燃えるようだった。もうもうと
した湯気に白む中に立っていて、だからこそ夢のようで恥ずかしい。

 才蔵の刀に寄せて白木の仕込み杖を立てかけて、脚絆を外し、帯
を解き、そのときチラと目をやると才蔵の白い体が透き通った湯に
揺らぎ、向こうを向いてこちらを見ない。引き締まった若い背中。
 着物をはだけて肩からするりと滑り脱ぎ、それだけでお泉の白き
裸身は桜色に染まっていた。

 お泉は二十七だった。もちろん小娘であるはずもなく、けれども
この人と見定めた男の前では震えてしまう。寺の庫裏でそっと抱か
れ、それにしたって胸が高鳴り眠れなかった。
 くノ一を捨てろと言われ、こうしてふたり旅をして、なのにまた
面倒に巻き込まれ、そうかと思うといきなりふたりきりの湯に浸か
る。何もかもが夢のよう。そうとしか思えなかった。

 ちゃぷ・・。

 足を入れ、一歩踏み込み、そっと沈む。湯は浅く胸まで浸かるこ
とはできそうもなかった。
 才蔵が振り向かずに流れて寄って、素肌の肩をそっと抱かれる。
お泉は自ら身をひねって抱かれていった。しがみついていないと何
もかもを見られてしまう。
 男の目を見つめ、ごまかそうとして笑うのだったが、女の目は据
わり、才蔵の眼差しからは逃げられない。息が乱れた。

 くノ一が若きひとりの主に付き従い、役目を果たそうとすると、
どうしたって闇の中でふたりきりとなるものだ。楓もそうだ、あの
ときのあたしのように寄り添って眠ることもあっただろう。
 けれどもこうして素肌を合わせて抱かれていると、せめていっと
き役目を忘れ、女として生きてみたいと思えてくる。お泉は湯の濡
れを言い訳に泣いていた。泣き震えて肩が揺れる。

「村雨兄弟とはな」
「知らないね、聞いたこともない名だよ。それに妙だ」
「そう思うか。おそらくはとっさに繕った話だろうが・・はぁぁ」
 才蔵のため息が可笑しくなってお泉は笑った。
「・・なんてこった」
「ふふふ、ほんと、なんてこった。あたしが言いたい台詞だよ。楓
って名を聞いたとき、あたしだって放っとけないって気がしたさ。
楓を斬ったのは女だね。毒の刃はくノ一のやり方さ。男の力で剣を
振るえば傷はどうしたって深くなる。あれは匕首(あいくち・短刀)
の傷。崖の上で襲われたのか、崖まで逃げて転がったのか。とっさ
に交わして交わしきれず、だから傷が浅くて済んだのかも知れない
し」
「おおかたそんなところだろうが、おめえのおかげだ、よく救って
くれたな」
「けど肌に傷は残る」
「うむ。若ぇえのに可哀想なこったぜ。ここにも隠された何かがあ
る。しかしなぜひと思いにやらねえのか? そうできない理由があ
るからよ」

 素肌の胸板越しに響く声は男らしく、お泉は胸に頬を添えて眠る
ように聞いていた。

「・・嬉しい」
「俺もな」
「ほんと? ほんとのこと?」

 才蔵は、胸に頬を委ねたまま見上げるお泉に微笑みながらうなず
いた。男の腕が女を引き寄せ、そのときそっと目を閉じたお泉の唇
に男はそっと口づけた。
 そのときだった!

「うぷぷ・・ぅくくっ」
「こらてめえ! 覗いてんじゃねーや!」
「ごめんよごめんよー、うぷぷ、きゃーだわ、きゃー! あははは」
「何がきゃーだ、おめえはお花かぁーっ!」

 お邦がばたばた駆け去って行く。

 才蔵は腕の中のお泉を見つめてぼそりと言った。
「おもしれえ小娘だ」
「ぅくっ・・あーあ、なんてこった・・」
 お泉は可笑しくなって笑ってしまう。幼いお花は、いまごろ仁吉
やお香や、やんちゃな十吾に囲まれて笑っているのだろう。泣いて
泣いて見送ってくれた幼い兄弟の姿が心に焼き付いて離れなかった。

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