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流れ才蔵(六話)

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六話 外種(そとだね)

 数日また数日と過ぎていき師走も末となっていた。雪が来る前に
ちょっとは先まで歩いてみたかったのだが、暖かかった冬らしくな
い日々もここに来て北風が強くなり、雪となる冷えに覆われはじめ
ていた。この部落が男どものいる有り体の海の村ならこのまま留ま
ってもよかったのだが、女ばかりでは身が持たない。日に日に女た
ちと打ち解けていくのはいいのだが、お泉との静かな時が持てなか
った。
 しかしそのお泉。梓となって女たちと海に出て、白かった肌がこ
んがり焼けて、それとは逆に、お泉となった梓は色が抜けて白くな
ってきている。
「女は不思議なものだよ、ふたりを見ていて感じるね」
 と、千代は言う。生きる世界が女を変える。海に生きる、町に生
きる、ということもあるのだが、男のそばにいられるかどうなのか、
そのことで決定的に違うと言うのだ。
 くノ一として、どこか陰のあったお泉は自分を開き、女たちの中
で体裁を気にしなかった梓はどんどん女の色に染まりだす。

 才蔵は言う。
「このまま女ばかりでやってくつもりなのかい?」
 千代は冬風に荒れる海に目を細め、冷えるから戻ろうと言い、歩
きながら言うのだった。
「女はやっぱり男がいてこそ女だろ。才蔵さんが来てからの皆の姿
が眩しくて」
「千代さんにしろ、それはそうさ」
「あたしがかい? 笑わせないでおくれよ。そんな日が来るのなら
嬉しくないわけじゃないけれど。皆はそれぞれ。けどあたしはずっ
とここで暮らすだろうね」
 そしてそのとき暗く垂れ込めた空からいよいよ白いものがはらは
ら舞った。空を見上げて千代が言う。
「寒いはずさ。才蔵さんにこんなこと言うのも何なんだけど、くノ
一はときとして女同士で慰め合うもの。役目を負って里を出ると気
を許せるときがない。気を許すのは仲間だけ。そんな自分が哀しく
なって抱かれて寝たい。そんなことも、あたしらくノ一だった女が
皆に植え付けたようなものなのさ。とりわけ冬は独り寝がつらくな
る」
「いいんじゃねえか、それならそれで。通じ合えているならよ」
「そりゃぁ、あたしらはいいよ、一度や二度そういうことも知って、
そこから逃げるようにここにいる。けど生娘のままここに置いては
可哀想。出て行ってくれるならいいけれど、いたいと言われて追い
出すわけにもいかないだろう」

 そして千代は、ふと歩みを止めて言う。
「ときに、どうするつもりなんだい? じきに年が明けちまうし、
先へ行けばますます雪だし、このまましばらく留まってもいいんだ
よ?」
「さあな。やるべきことが先よ。なりゆき次第ってことだろうぜ」
 それからまた少し歩むとそこが千代の住む家。そしてその隣りが、
楓が寝かされていた家だった。楓はとっくに起きられるようになっ
ていたが、まだしばらく海には出られない。今日は海が荒れて女た
ちは皆家々にこもっていた。
「ちょっと寄ってくぜ」
「うん、あいよ。喜ぶよ楓」
 千代の肩にそっと手を置き、才蔵はすぐ隣りの家の板戸を開けた。
 その家は部落にあって一軒だけ人の住まない家だった。厨として
料理をつくり、刻限になると女たちが集まって来てともに喰う場。
客人の才蔵のいる家にだけ膳が運ばれ別に喰う。
 その家の板の間に、同じように畳が二枚敷かれていて、あのとき
楓を運び込んだのがここだった。代わる代わる常に誰かがここにい
て楓を看ていた。才蔵が入ると、何人かの女たちが夕餉の支度にか
かっていて、その中に元気になった楓と、梓となったお泉がいた。

 才蔵の姿を一目見ると楓が嬉しそうに笑う。年が明ければ数えで
十九になる楓。陽に焼けた肌はすっかり白くなっていて、長く苦し
んだことを物語る。
「おぅ楓、元気になったな」
「はい、もうすっかりいいんだ、痛くもないし」
 すっと歩み寄って来て才蔵の着物の袖をちょっと持つ。愛らしい
仕草をする。
「若いから早いさ、じきに海にも出られるだろ」
 と梓が言うと、才蔵はうなずいて梓に言う。
「おめえも黒くなったもんだぜ」
「ほんとだよ、泥なんてなくたって一緒だね。湯に行ったって落ち
やしない」
 女たちが一斉に笑った。才蔵はそんな梓に歩み寄ると肩に手を置
こうとしたのだが、梓は肩を振って手から逃げる。
「あたしじゃないだろ、お泉さんが家にいる」
 皆が声を上げて笑いだす。
 梓はちょっと拗ねたような目をして言った。
「けどあたし、しばらくでもこうなれてよかったね。みんなといる
とあたしは白く戻れてく。肌は黒くたって白くなる」
「うむ、よかったな」
 才蔵の手がすっと梓の背を撫でて、互いに目を見つめ合い、皆の
視線は遠慮してそらされて、そっぽを向いて笑っていた。

 家に戻った才蔵。そのときお泉となった梓、そしてお邦がそこに
いて何やら静かに話していた。
「おぅ小娘、いたのかい」
「べぇーダ、あたしだって女なんですぅ。じゃね姉様」
「おいおい、俺が来たら帰ぇえるのか?」
 お邦は目を丸くして眉を上げる素振りを見せた。
「男には内緒だもん、女同士のしっぽりした話だもんね」
「けっ、しっぽりねぇ・・わかったわかった、うるせえから帰ぇれ」
 お邦はちょっと口を尖らせて睨み、すぐにまた笑顔となって去っ
て行く。
 お泉となった梓とふたり、夜具をたたんだ畳の上に座っていた。
 お泉が言った。
「どうしようかなって言いに来たんだよ」
「どうしようかな?」
「ここのこと。あたしこのまま生きてくんだろうなって」
「うむ、それについちゃ千代さんも気にしてる」
「知ってるよ、だからお邦が来たんじゃないか」
「どういうこった?」
「あの子はね、気がつけばお邦って皆が言うほどの娘なのさ。誰か
が沈んでると、とたんに察して、いつの間にかそばにいる。お頭の
家で眠ることが多いんだ。お頭はずっとそれで迷ってる。そうする
といつの間にかお邦がいて、夜具に潜り込んで甘えてあげる」
「ほう・・いい娘だ」
「ほんとよ。あたしだって夢見てみたいって、あの子なりに思って
る。それは才蔵さんが来る前からずっとそう。楓もそうだし、生娘
のままじゃ哀しいからさ」

「ひとつ手はあるんだが」
 と、才蔵が言うと、お泉は探るように覗き込む。
「お上に願い出るのよ。銀の鉱脈を見つけましたとな。そうすりゃ
かなりな報償も出るだろうし、新たに暮らす土地だって世話してく
れる。銀山守りとしてここに居続けることだってできるやも知れぬ
しな」
 お泉は言った。
「それをしちゃ娘らを救えない。女衒から買うにはかなりな銭がい
るからね。そう思うと動けない。お頭だってそれはそう思ってる。
男たちを迎え入れてもいいだろうけど、男ってさ、銭があると馬鹿
なことをしでかすもの。だからできない。そんな男を嫌になるほど
見て来たからね」
 それはそうだと才蔵は言葉を返せず、しかしそうなると手立てが
なくなる。
 梓は言った。
「それであたし、お泉さんとも話したし、わざわざ話さなくたって
ここにはくノ一崩れがいるからね。くノ一には『外種(そとだね』
ってこともあるだろ。そういうことでもいいんじゃないかって、お
頭じつは考えてるみたいなんだよ」
「お邦がそう言ったのか?」
 お泉はうなずいた。

 才蔵も話には聞いていた。くノ一ばかりの女忍軍を里から切り離
した別動隊のようなものを組織するとき、そこではときとして、年
頃となった娘らを一度外に放って身ごもらせて里に戻す。男の子が
生まれれば一族の男忍軍に引き渡すといったような。
 それを『外種』と言うのだが、人は犬ではないのである。
 しかし忍びの女にとってはそれさえも役目であり嫌とは言えない。
太平の世となって表立って忍びを使えないとき、そうした得体の知
れないくノ一忍軍が必要となるからだ。
 梓は言う。
「けどそれだっていっときの夢じゃないか。肌を合わせ身ごもって
乳飲み子を抱く。ここにいてはそれさえも望めない。かと言って、
ここを捨てて出て行くったって、その先怖くてたまらない。あたし
ら年増はともかくも親に売られた娘たちなんだよ、信じるものなど
ありゃしない。だからあたしら女同士で慰め合うんだ。くノ一じゃ
ないのにね」
 才蔵はひそかなため息を漏らすのみ。そうしたことは女たち自ら
が決めなければならないこと。
「外種ということで娘らを納得させて外に出し、できるならそのま
ま別の土地で生きてほしいってことだろう」
「そうだよ、それがわかってるから、結局ここを追われることと同
じになる。お邦なんぞ絶対嫌だって言ってるよ。ここにいたい。け
どやっぱり体が疼く。才蔵さんとお泉さんを見ていると羨ましくて
ならないって」
 村雨兄弟の一件がかたづいて、しかしだから出て行くわけにはい
かないと才蔵は考えもした。けれどそれでは結局、女たちに飢えを
感じさせることになる。

「俺ひとりじゃ身が持たねえしなぁ」
「ふふふ、馬鹿なことを・・けど、こうなったら言うけどね、お泉
さんが言ってたよ。女の命ははかないもの。あたしの方からあの人
に体を開いたってね。寝間着の帯をせずに寝て」
「ふむ、そりゃそうだ。考え違いもはなはだしいが」
「考え違い?」
 才蔵はちょっと背伸びをしながら軽く言う。
「ま、そうじゃねえってことよ」
 お泉となった梓は微笑み、そして言った。
「梓がお泉でいるかぎり、あの人はあたしを抱いてくれているって」
「そう言ったのか、あいつが?」
「そう言った。あたしは顔を見たけどね、お泉さんは笑ってた。あ
たしでさえが、ああすごいって思ったもん。若いお邦がおかしくな
るのはよくわかる。楓だって、お泉さんを見てると打ちのめされる
って言ってるよ。ほかの女たちもそうだけど」
 そしてふいにお泉は言った。
「買い付けの船が来るって言っただろ」
「うむ?」
「お頭は言うんだよ、たくさん採って売るようにしろって。いまは
冬で岩海苔とか牡蠣とかそんなもんだけど、季節がいいと魚が獲れ
る。船に男衆が乗ってるからさ。出会いはそれしかないからね」
「なるほどな。そうやって少しずつ変えていくしかあるめえよ」

「そんなお泉さんだから、お邦は夜な夜な甘えてるんだ」
「そうなのか?」
「お邦ってそういう子なんだもん。あたしなんてそのぐらいしか人
に何かをしてやれないって。お泉さんを気にしてるんだ」
「それだって千代さんのおかげだな、いい娘に育ててら」
「巡り巡って銀があるからできること。いいことやら悪いことやら
知れないけれどね」
 才蔵はお泉となった梓の手を取り、梓は微笑んで才蔵の肩に身を
寄せた。一緒に湯に入っていても、そっと抱いてくれるだけ。それ
から先は手を出さない。罪な人だと、梓はちょっと憎くなる。

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