続・流れ才蔵(七話)

nagare550.jpg

七話 虚しい剣

 その夜、才蔵とお泉は女たちが皆で囲む夕餉の席に加わった。若
い侍がひとりいる。それだけで話がはずみ、女たちは一様に目を輝
かせていたのだったが、夕餉が済んで才蔵は皆に言った。
「ちょいと聞いてほしいんだが」
 皆は静まり才蔵に目が集まった。
「明日の朝にでも俺とこっちのお泉とでここを出る」
 と言って才蔵は、お泉に化けた梓の膝をぽんとやった。
「得体の知れねえ客人がいたんでは敵は動かねえ。そっちのお泉を
残して一度出る。見張りがいるとしても夜中ではあるまい。江戸な
らともかく、町明かりひとつねえ夜の間は動かねえでは見張る意味
がないからな。雲が覆えば黒い闇よ、見張ったところで見渡せまい」
 見張るといってもその場所は限られる。家々の背後にそそり立つ
岩崖の肩のあたり、松林、そしてそう遠くはない岩場の猟場へと歩
く道すがら。海女たちの朝は早く、夕刻以降は外に出ない。

 お泉と梓が入れ替わってより、お泉は女たちの中にいて、あえて
ひとりになる隙をつくってきた。にもかかわらず手を出さない。見
張りは手ぬるい攻めは甘いと、腑に落ちないことばかり。
 才蔵は言う。
「おそらくこういうこったろう。女ばかりの相手に対してタカをく
くり、追っ払って来いってことで送られた者どもよ。女衒から娘を
横取りされちゃぁたまらねえ。その程度の敵だということ。とすり
ゃぁ数もたいしたことねえだろうし多勢を相手に襲いかかってこれ
ねえわけだ。得体の知れない侍がいてはなおさらそうさ。明日も空
は悪そうだ。出て行く姿を見せつけて夜中にこそっと戻って来る。
皆はいつも通りにしてることだな」
「明日も漁はできないだろうね」
 と千代が言った。海が荒れる。
 才蔵は言う。
「そんで夜中に戻った俺は姿を見せずに隠れてら。それで次に日和
がいいとき敵は必ず動くだろう。おめえらを追っ払うのは早いほう
がいいからな」

 そしてその二日後だった。数日空を覆っていた雲が消え、少し風
はあるものの風はぬるく陽射しが眩しい。
 女たちの半数を家に残して半数が漁に出る。梓に化けたお泉は、
皆と一度猟場へ行きかけ、途中でひとりだけ引き返す。何かを忘れ
た間抜けと敵の目には映っただろう。
 岩場から引き返して松林に踏み込んですぐのこと、生い茂る松の
幹の陰からふたつの陰が滲み出た。ひとりは大柄で、薄汚れた茶色
の着物に緑がかった濃い茶色の袴と、浪人の成り。もうひとりはく
らべるまでもなく小柄で、茶渋色の生地に柿茶色の枯れ葉の染め分
け。森に潜むときの迷彩となる忍び装束。どちらもが頭巾で顔を隠
している。
 しかしお泉は、もうひとり、少し離れた松の木の上に潜む忍びの
気配を察していた。

 そのときお泉は仕込み杖ではなく、切っ先が三つ叉に分かれた船
突きの銛(もり)を手にしていた。銛には海女が海の中で用いる長
さ三尺(およそ1m)ほどの短なものと、船の上から突く長さ六尺
(およそ1.8m)ほどの長いものがあって、お泉が手にしたのは
長い銛。真似事の海女では海の中の漁などできない。
 船突き銛は棒が太く、ちょうど僧が持つ錫杖のようでもある。

「待ちな女、死んでもらうよ」

 木陰から現れて行く手を遮る小柄な忍びが言う。もちろん女の声。
くノ一が剣を抜き、浪人姿の大男も腰の剣に手をかけた。
 しかし梓に化けたお泉は動じない。
「出たね村雨兄弟とやら」
 にやりと笑い、眼光を鋭くすると、お泉は手にした長尺の銛を頭
上に掲げてくるりと回し、中段に降ろし、切っ先のない棒尻の側を
敵に突きつけて中腰となって身構えた。
 その様子に敵ふたりは顔を見合わせ、大男がいよいよ剣を抜く。
くノ一の剣は反りのない短な忍び刀、男の剣は反りのある武士の剣。
 そんなふたりに対してひるまないお泉。
 ヒュゥーイ!
 お泉の口笛。お泉は口笛を吹きながらも構えを崩さず、敵を逃が
さない間合いを取る。
 口笛を合図に、家の側から才蔵と女たち、海の側から漁に出る素
振りをした女たちが手に手に銛や長ナタを握り締めて駆け寄って周
りを囲んだ。

 お泉は海の側から駆け寄った女たち六人に言う。
「手出しは無用だよ、逃がさないよう囲むんだ」
「おおぅ!」
 それからお泉は、怒りのこもる眼光で敵二人を睨みつける。
「どうした、臆したか? 来ないならあたしから行くよ!」
 刹那、中腰に構えた棒尻で小柄な相手を突く突く突く! しかし
敵も身軽で飛んで転がり避けながら踏み込んで斬りつける。毒の刃
であることが木の汁を塗ったような赤茶けた刀身からもうかがえた。
 斬り込まれ突き込まれる剣先を、長尺の棒が振られて防ぎきり、
次の瞬間攻めに転じる。横から斬りつけてくる大男の刃をも撥ねつ
けて、お泉の棒が宙で回され打ち付ける。
「セイヤァァーッ!」
 お泉の気合い。すさまじい棒の攻めと防御。剣を持つふたりが蹴
散らされ、左右に分かれてお泉と向き合う。

 しかし妙だ。それなりではあっても呆れるほど弱いと才蔵は感じ
ていた。敵はどちらもお泉の敵ではない。とりわけ浪人姿の大男。
太刀筋に冴えがない。形だけ。おかしいと才蔵は考えた。

「・・強い」
「うん・・すげぇや・・」
 才蔵の側にいてお泉の豹変を見つめる楓とお邦が思わず言った。
くノ一だった千代さえも、これほどのくノ一を見たことがない。

「ふむ、さて俺の出番か・・」
 才蔵がゆらりと動いた。大男の側へと歩み寄り、青鞘から白刃を
抜き去った。しかし草源寺で見せた鬼神の剣ではなかった。切っ先
を下段に降ろした静かな構え。
「おいデカいの、てめえの相手は俺だ、かかってこい」
 その声も荒くはなかった。
 そしてそのとき、小柄なくノ一とお泉との戦いに一瞬にしてケリ
がつく。剣先を突き込んだくノ一に対し、横振りの棒が刀を手から
吹っ飛ばし、回されて突かれた棒尻がくノ一の水月(みずおち)を
深く抉る。
「セェェーイ!」
「ぎゃう! ぐはっ・・」
 胃の腑の液を吐き、がっくり膝をついて崩れたくノ一。さらに宙
でくるりと回された棒先が丸まる背中を打ち据えた。
 水月を抉られて息ができず、したたかに背を打たれ、気を失って
崩れるくノ一。

 そしてお泉は、もうひとり、松の木の上に潜む小柄なくノ一に向
かって叫んだ。
「そこの者も動くな!」
 ひとりを倒したお泉が疾風のごとく木に駆け寄り、上に向けて三
つ叉に分かれた銛の切っ先を突きつけた。
「降りるんだ! おとなしくしないと殺るよ!」

 さて才蔵。対峙する敵は身の丈六尺(およそ180センチ)はあ
り、才蔵よりも大きいぐらいなのだが、剣を中段に構えたまま動け
ない。力量が違いすぎる。
「来るか、それとも剣を捨てるか」
「くそぉ、ちくしょう・・イザぁ!」
 やはりそうか。思った通り女の声。
 突き突き、斬り上げ、また突く女。しかしそんなものは才蔵の敵
ではなかった。
 キィィーン!
 一度刃が交わった次の瞬間、敵の刀はへし折られ、それでも抜い
た小刀さえも吹っ飛ばされて、愕然となって動けなくなった大女。
 刹那、才蔵の白刃が陽射しを散らして燕のように舞い狂い、頭巾
を飛ばされ、袴を着られ、袂を斬られ、前合わせを斬られ、浪人姿
の着物がボロ布と化していく。
 着物の裂け目から覗く白い肌。袴はずれ落ち、着物の帯が断たれ
たときに、その胸には白い晒しでつぶした女の乳房。女は胸を覆っ
てその場に崩れ、身を丸めてうなだれた。肩までの黒髪を垂らして
いる。

 才蔵の目にもとまらぬ剣さばき。女を半裸にしておきながら肌に
一筋の血さえも滲ませない。見守る女たちには声もなかった。
 才蔵は言う。
「取り押さえるんだ」
「はいっ」
 我に返った女たちが崩れたふたりに群がって、才蔵は刀を青鞘に
おさめながら、もうひとりの敵を取り押さえたお泉の元へと歩いて
いく。
 そのひとりも小柄なくノ一。お泉に気圧され剣さえ抜けずにへた
り込んでしまっている。
「頭巾を取りな」
 お泉に言われて頭巾を脱ぐと、くノ一は若い。
 こいつらいったい何者なのか? まさしく未熟。
 才蔵は女に言った。
「おめえは戻って伝えるんだ、これより手を出すなら、こっちから
乗り込んでたたっ斬るとな。さあ失せろ」
 しかし女は力なく言う。
「戻ったってしかたがないさ」
「何だと?」
「あたしら雇われただけ。追っ払えと言われて来た。あたしは張り
番、人を斬ったこともない」
「おめえら三人だけなんだな?」
「そう。ちょっと脅せばいいと思った。そっちのふたりが、まさか
殺るなんて思ってなかった」
「そっちのふたり? おめえら仲間じゃねえのか?」
「違うよ、はじめて会った。三人ともそうなんだ」
 才蔵は見据えて見下ろす。
「おとなしく剣を捨てろ」
「はい」
 腰の忍び刀を抜いてお泉に手渡す女。才蔵はお泉に目配せして女
を立たせた。

 ますます腑に落ちない。敵の中でくノ一らしいのはお泉が倒した
ひとりだけ。大女は多少剣をかじった程度、残るひとりは忍びかど
うかもわからない。
 お泉は、ひとりを後ろ手にひねって歩かせながら、ほかのふたり
を取り押さえた女たちに言った。
「連れてって裸にして体を調べるんだ。そっちの女は毒使い、何か
隠してるかも知れないからね」
 最初に倒した小柄なくノ一を取り押さえた司がうなずく。司もく
ノ一だった女。こういうときの扱いは心得ている。頭巾を毟り取っ
てみると、小柄な女は三十なかば。毒殺に長けた本物のくノ一らし
い。

 若いひとりを引き立てながら、お泉は名を問うた。
「あたしは奈津。大きいのが峰。それから琴」
「いくつだ? 皆は?」
「あたしは二十二、ほかは知らない」
 才蔵は言う。
「追っ払えと言われただけなんだな?」
「そうだよ、殺るなんて思ってなかった。怖かったけどもう遅い、
やるしかなかった。琴が、おまえが殺れと言って峰に斬らせ、次か
ら峰が嫌がって、それからは琴が毒刃で」
「おめえは斬ってねえんだな?」
「剣を持ったのもはじめてさ。あたしは身軽で足が速い。それだけ
だった。琴が怖くてならなかった。にやにや笑って娘を斬って・・」

 才蔵はわずかに首を振って、捨てるようなため息をつくのだった。 

0 コメント

コメント投稿