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続・流れ才蔵(終話)

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八話(終話) 生きる力

 捕らえた女三人は才蔵以外の皆が見守る中で裸にされて体が調べ
られ、薄い寝間着だけを与えられて縄掛けされて、千代が住む家の
土間に並んで座らされた。縄はお泉が縛る。いかな忍びであっても
縄抜けできない地獄縛り。才蔵は何も言わず、傍らにいて見守って
いる。

 一段高い板の間に座り三人を見下ろして千代が言う。
「おまえたちの身の上など訊かないよ、どうでもいい。どういうこ
とだかそれだけを隠さず言うことだね」
 敵三人の中で年長であり、その頭格とも言える琴という女は唇を
固く結んでそっぽを向き、女とも思えない大柄な峰はうなだれて声
も出せない。もうひとりの若い女、奈津が顔を上げて才蔵をチラと
見て、才蔵は隠すなよと言うように目でうなずく。
 奈津はきっちり正座をしていて背筋も伸び、まっすぐ千代を見上
げて言った。

「江戸の両国に春日屋(はるひや)という口入れ屋があり、あたし
らのような女どもを集めているんです。元はくノ一だったり遊女だ
ったりそんな女ばかりをです。それなりの女なら誰でもいい。春日
屋は女を扱う口入れ屋で、女衒どもが売りに来る娘を買って、そこ
らの女郎屋だとか料理屋だとか、ものによっては武家屋敷の女中だ
とか、そういうところに送り込んでは見聞きさせてる」
「見聞きとは?」
「いろいろ探らせているようです。それであたしらのような、それ
とは別に雇った者どもを使って話を伝える。娘らはくノ一のような
もの、あたしらはつなぎとして」
「なぜ我らを襲った?」
「娘はまだまだ欲しいのに奪われてはたまらない。追っ払って来い
と言われ、剣の使える峰と、元はくノ一だった琴が選ばれたんです。
あたしは違う。身が軽くて足が速い。張り番向きだと言われ」
 千代は、毒の苦しみからようやく解放された楓にちょっと視線を
やって、それから言った。

「村雨兄弟というのはでっち上げだね?」
 その問いには才蔵も目を上げて奈津を見る。
「いいえ、その春日屋にいる用心棒のような侍の兄弟で、よくは知
らないけど春日屋の主とは同郷らしい。主と言ってもまだ若い。四
十前の男ですけど。その村雨兄弟に駿河の海の話をよく聞かされた。
富士が綺麗で伊豆の湯も格別だとか、そういうふうに」

 駿河・・そういった連中が江戸を探らせている。由井正雪一派の
残党とみて間違いないだろうと確信した才蔵だった。

 さらに奈津が言う。
「それで、もっともらしく脅せるだろうからって、そう名乗ったん
です」
 千代が言う。
「おまえは見張りだけなのか? 手を出しちゃいないんだね?」
 奈津はうなずくと言うのだった。
「けどそれは一緒のこと。斬ったも同じ・・」
 そのとき横から峰という大女が口を挟む。
「あたしだってまさかと思ったんだ。琴に斬れって言われ、ひとり
を斬った。けど嫌で、次からは琴が毒刃で・・琴が我らに指図した
んだ」
 千代は黙って聞いていて、しかしその目は奈津を見つめて動かな
い。
 才蔵はお泉に目配せをして立ち上がり、揃って家を出ようとした。
「こいつらのことは任せるぜ。責めるなり殺るなり、どうにでもす
りゃぁいい」

 そう言い放つ才蔵に、そのとき真っ先に目を向けたのは楓だった。
『おまえならどうする?』とでも言うように眉を上げる才蔵。
 楓は、そんな才蔵に視線を残したまま言いはじめ、顔を振って千
代に視線を移していった。
「そんなことしてどうなるのさ。みんなの手が汚れるだけ。この部
落が穢れるだけ。そんならいっそお役人にでも引き渡せばいいんだ
ろうけど、きっと死罪さ」
 それきり誰も声を上げない。
 楓はちょっと才蔵に目をやって、才蔵は微笑んで深くうなずいた。
 役人には渡せない理由がある。銀である。部落に調べが来れば隠
し通せるものではない。
 千代は奈津だけを見下ろして考える素振りをすると、女たちに言
うのだった。
「そっちのふたりは連れて行け。どっかにつないでおくんだね。奈
津はお待ち」
 女たちにふたりずつ左右に付かれて連れ去られる琴と峰。そして
それと一緒に家を出た才蔵とお泉。
 奈津ひとりを残して、残る女たちに千代は言う。
「楓の心根は嬉しいね。けどね楓、罪は償うもの。許せる話じゃな
いんだよ」
 それから奈津を見据えて千代は言う。
「血の涙を流して悔いるまで、裸にして打ち据えてやりな」
 皆の目にすでに敵意は失せていた。楓の言葉が心に響いていたか
らだ。

 奈津は泣き、素直に立って自ら着物を脱ぎ去った。
「もういい! そんなの嫌だ!」
 楓が歩み寄り、渾身の力で奈津の頬を横殴りにひっぱたく。しな
だれ崩れる奈津。若く白い綺麗な体をしている。
 奈津は裸身を折って小さくたたみ、ただ黙り、ただ泣きながら楓
の足下に土下座した。
 千代は嬉しい。斬られて毒に苦しんだ楓自身が心底許さない限り
皆は奈津を許せない。千代は、皆一様に穏やかな女たちを見渡して、
ほっと胸を撫でていた。
 しかし一方、峰と琴をどうするか。罪は重く、峰はすでに言い逃
れを考えて、琴は琴でさすがくノ一、死を覚悟しているのだろう。
 そちらはあたしが決めなければならないと千代は腹をくくってい
た。

 外に出た才蔵と、ようやく梓からお泉に戻れたお泉は、自分の家
に入って向き合った。
「ご苦労だったな」
「でもなかったよ、漁なんてはじめてだったし梓の気分も味わった」
 そう言いながらお泉は才蔵の胸に寄り添って、唇が重なった。
「またしても江戸だね。行くつもりなんだろ?」
「ちぇっ、なんてこった・・」
 可笑しくてならないお泉。戻るのなら草源寺を覗いてみようと考
えて、むしろ楽しみ。笑いながら才蔵の尻をひっぱたく。
「いや、矢文でいいだろうぜ」
「矢文?」
「これより手を出すなら話は深みに行き着くぞ、江城(こうじょう・
江戸城)より・・ってのはどうだ」
「ふふふ、なるほどね。そしてそれをあたしに射れって?」
「それも違う、ともに行こう。ともに行って寺でも覗き、ふたたび
ここに戻って来よう。おめえを独りにしたくねえ。ほんの数日のこ
とじゃねえか」
「才蔵・・」
 お泉は嬉しい。見つめていると心が溶ける。
「ま、ちょいと風呂にするか」
「・・ったく馬鹿なんだから」

 三人の女どもをどうするか。いますぐ消えるわけにはいかないと
才蔵は思う。大海に洗われて綺麗になった女たちを汚したくない。
そうした才蔵の想いはお泉ももちろんわかっている。
 そして揃って家を出て、外は風もない春の陽気。女たちが外に出
て思い思いに陽射しを浴びる。昼間近の刻限で、これからでは漁に
は遅い。

 そこで才蔵は目を疑った。楓が奈津とふたりで、ひろげられて干
されてあった漁網のそばに座っていた。これにはお泉も目を見張る。
 楓が目を泣き腫らした奈津の肩を抱いていたからだ。
 奈津は冬の着物を与えられていて、長い黒髪をばっさり切って落
としていた。丸坊主が伸びたような妙な頭だ。償いの証だろう。
「おぅ楓、おめえらすでにそうなったか?」
 楓は笑い、笑えない奈津の肩を揺すっている。
「髪を剃るって言ったんだけど、それならってあたしが斬った。髪
なんてすぐ伸びる。あたしの女中にしろってお頭が言うんだよ」
「うんうん、おめえのことだ、さぞかし可愛がってやるんだろうが、
しかし楓よ」
「うん・・はい?」
 楓は才蔵の言いたいことなどわかっている。
「償いはさせねえとならねえぞ」
「言うと思った。わかってるし奈津だってそのつもり。言わなくた
って奈津がいちばんわかってる」
 奈津はまた涙を溜めてうなだれていた。楓は笑い、そんな奈津の
肩を強く抱く。

「残りのふたりは?」
 と、お泉が訊くと、それには楓の目が曇る。
「お頭が決めるって。しばらくは柱にでもつないでおくって。考え
るって言ってるんだ」
 才蔵はうなずくと楓に言った。
「明日からちょいと江戸へ発つ。じきに戻るから。・・おい奈津」
「はい」
 名を呼ばれ涙目で見上げる奈津。
「生き直すんだぜ」
 奈津は幾度も幾度もうなずいて、声を上げて泣いていた。

 そして翌朝、ふたり揃って江戸へと旅立ち、海辺の部落へ戻った
ときには睦月(一月)の初旬。家々の背の崖の緑に白く雪がのって
いた。しかし浜にも家の屋根にも雪はない。
 歩み寄るふたりの姿を最初に見つけたのはお邦だった。漁の帰り。
寒くはないといっても腿まで出した海女の姿。お邦は若い。
「あっ才蔵さん! お泉さんも! わぁぁーっ!」
「ちぇっ、よりによってうるせえのにめっかった」
 駆け寄って来るお邦の後ろに、海女姿の梓もいたが、梓は長綿入
れを羽織っている。しばらく見ない間に梓はまた陽に焼けて、元通
りの黒い梓に戻っていた。
「ねえ抱いてっ」
 駆け寄って才蔵の胸に飛び込むお邦。お泉は一歩退いて呆れて笑
う。才蔵はそんなお邦の尻をひっぱたき、そして言った。
「奈津はどうでぃ?」
「もうすっかり。やさしい姉様だし懸命に働いてる。海女を教えた
ら水を飲んで死にそうになってるし、あははは!」
「よかったな」
「うん、よかったぁ。あたし楓の姉様に惚れちゃったもんっ」
 額を小突かれ舌を出して笑うお邦。それからは子犬のように才蔵
にまつわりついて家々の並ぶ部落へと戻る。

 部落へ戻ると、才蔵とお泉の家がそのままそっと残してあった。
 家に入ってほどなくして、板戸が叩かれ、千代が明るい顔で覗く
のだった。家に中に三人だけ。千代は言った。
「あのふたり」
「うむ?」
「いろいろ考えたんだけど、やっぱりね、その罰は免れない」
 才蔵はちょっとうなずき、そして千代が言う。
「あれから数日、泣き叫ぶまで打ち据えて、ふたりともズタズタで。
そしたら皆が言うんだよ、もういい死んじゃうって。生かそうって。
ふたりとも出て行った。江戸にも戻りたくない。どっか遠くで暮ら
してみるって。どう考えてもここには置けない。その方がいいと思
ったし」
 銀の秘密を知られてからでは出せなくなる。
 才蔵は言う。
「そっから先はあいつら次第さ」
 千代はちょっと笑い、面色を変えて言うのだった。
「それでね、才蔵さんもお泉さんも、ちょっと聞いて欲しいんだ」
 ふたりで千代を見た。
「皆が言うんだよ、剣とか棒を習いたいって。部落は自分らで守り
たいって言うからさ」
 才蔵は小指の爪で耳の裏を掻きながら言う。
「根無し草に根が生えら・・なんてこった」
 千代はすまなそうに頭を下げると家を出た。

 ふたりになった家の中。

「ま、てことらしい。頼んだぜ」
 お泉の尻を撫でる才蔵。
「あたしが教えるってかい?」
「俺が斬ったら女どもが裸になっちまう」


続・流れ才蔵、完。

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