創作しきれない西郷どん



早くも大河が批判されているが・・同感する。妙円寺詣りでそれぞれの
郷中に分かれた子供たちが褒美の餅を争うシーンなど、ハリポタを見
ているようだった。西洋では、あれがラリーの原型なんだし手垢もいい
ところ。

が・・。

まず大河ドラマは歴史ドラマではないということ。事実を忠実に再現し
たところでドキュメンタリーにしかならず、教科書をひもとくようで面白く
はならないだろう。幕末は形を変えて何度も描かれていて、ちょっと前
のことを思うだけでも『篤姫』を見ていれば西郷隆盛のことはわかる。
『坂本龍馬』もあったことだし、なおさらだ。

ただ、大河ドラマと銘打っておきながらホームドラマになってしまってい
るのはいただけない。受信料ほしさの大義名分づくりもあるのだろうが、
NHKは視聴者にスリ寄りすぎではないか。(紅白歌合戦などまさにそ
うだし) 配役を見ても万人受けする役者を揃えすぎ。大河の主役だけ
は手垢のついた役者をもってくるべきではない。

けれどそんなことより、ちょっとは物語を書く立場で思うと、大河ドラマ
のように時代を繰り返す物語の難しさにいきあたる。厳然とした事実が
あるわけだから創作にもほどがあり、ギャップをうまく創りだせない。
物語は創作度合いが高いほど新しいものになっていく。物語のパター
ンなどは限られていて、歴史物などまさにそうで、存在しなかった人物
を突然加えても陳腐になるだけだし、なかった事実を盛り込みすぎると
嘘っぱちになってしまう。

薩摩弁が難解すぎてわからない。これは江戸言葉をそのまま書いても
わからないという一例のようでもある。
西郷どんの子供時代などほぼ創作なんだろうが、描き方ひとつでホー
ムドラマに成り下がる。下級武士の貧しい家族に和気藹々。島津斉彬
との出会いにしても、いかにも嘘くさい。オーバー劇的。茶番劇。

しかしそこに読まれる小説のヒントがあると思うんだ。重いより軽い、濃
いより薄い。真顔より笑顔・・。必殺仕事人や水戸黄門など、時代考証
とは無縁な、あれほどいい加減な時代劇に人気がある。

歴史を学ぼうなんて思っていない。なんとなくその時代が匂い、わかり
やすくて楽しめればいい。
本来もっと創作したいところなのだが、事実を曲げては大河ではない。
創作しきれない苦しさがそのまま出た西郷どんの初回だった。そもそも
週イチで1年続けることに無理があるのかもしれないね。

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