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阪神ファンの変貌

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ダメ虎という言葉には、ダメな子を溺愛する親の気持ちが表れていたという。
ウチの宿六と言いながら笑顔の絶えないカミさん連中しかりなのだが、つま
りは母性ということになるだろう。

外様の星野さんがタイガースを変えた。ダメ虎とは言われなくなっていく。
中日ファンでなくても星野ファンは多かった。星野さんが動いたことで優勝し、
阪神ファンが全国的に増えていった。

そうしたファンの変化が、じわりじわりとタイガースを締め付ける。いまや関
東にもファンは多くいて、僕もそうだが、いたって合理的に見ているファンが
たくさんいるだろう。関西人がイメージする東京人の能力主義、合理主義は
確かにあって、たとえばGならTドームで無様なゲームをやらかすと、7回裏
あたりでお客がぞろぞろ帰っていく。お金を出して見に行って、この上時間ま
で無駄にされたらかなわない。駅が混む前にとっとと帰る。

今日はおしまい。見放す。しまいには観客が減ってきて、球団とすればテコ
入れしていい選手を連れてくる。したがってGは強いのだ。中日が松坂を獲
ったのもナゴヤドームに人を集める戦略。プロ野球とはショービジネスなの
である。

さてダメ虎。昔を思い出して言うそれと、いまのそれは意味がかなり違うと思
う。ダメなら見放す。それは期待の裏返し。よって甲子園で弱いのではない
か。親の気分でダメ虎と言ってくれ、もしかしたら逆転するかもと見ていてく
れる。

しかしいまの時代の合理主義はそれとは違う。大量点差で、しかも打てない。
最後までいたところで電車が混むだけ。確率として無理だと判断すると、とっ
とと帰るし、待っても待ってもダメならば他チームに眸を向ける。
野球が好きで贔屓のチームが勝つところを見たいわけだ。T対Gの『伝統の
一戦』なんてワードもどんどん陳腐化している。伝統的に負ける試合などは
見たくないし、そのときもしダメ虎と言ったとしたら、それは訣別を意味する言
葉ともなるものだ。

かつて言われたダメ虎。ダメでもダメでもファンがいるという甘えが覇気のな
いチームをつくる。対G甲子園3連敗。とたんにグッズなども売れなくなると
いった厳しさがファンの側にほしいと思う。

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