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夏の北風 三一話



三一話 次への歩み

 時刻は夜の八時を過ぎていた。明るいうちからはじめた夕食のバーベキュー
だったのだが、参加者が少ないにもかかわらず前回よりも時間がかかってしま
った。梅雨時の長雨で土がゆるんで校庭が使えない。キャンプファイヤーももち
ろんダメだし、そのそばに造られた火力の強い薪のカマドが使えない。前回の
ように参加者それぞれが自分のテントでつくったものを持ち寄ることもなかった。
タープテントの下に炭火のコンロが二台。料理に慣れた赤木がいないから手際
が悪くてもたついてしまったこと。瀬田宿の家のカマドで鉄鍋に野菜と卵の雑炊
をこしらえて運んだのだが家庭用の小さな鍋ではまったく足りない。
 そんなことが重なって瀬田はちょっと心配した。それで足りたのか。こうした
イベントの夕食にしては粗末過ぎたのではと。
 ともかくも。
 そんな夕食も終わり、スタッフ皆で調理器具や食器を瀬田宿の家へと引き上
げて後片付け。キリがついたのが八時を過ぎた時刻だったということだ。
 瀬田は皆に言った。
「お疲れさん。手の空いた者から向こうへ行って遊んでればいいからな」
 そう言って見渡すと、ついさっきまでいたはずの山田の姿が消えている。
「あれ山は?」
 それに対して麻紗美が応じた。
「ちょっと前に女の子が来て、シャワーしたいからお願いしますって」
 校舎の裏にある五右衛門風呂に火を入れるということだ。
「そっか、わかった。向こうは斉藤さん一人だ、先に行ってるから、みんなも遊
びに来ればいい」
 寝る時刻になるまで校舎で参加者たちと過ごし、スタッフはこっちに引き上
げて眠ることにしてあった。

 家を出た瀬田は、校門から裏手へ回って掘っ立て小屋そのもののシャワー
ルームへ歩み寄ろうとしたのだが、風呂釜の焚き口に山田と女の子が二人並
んで火をつくっている。火の起こし方を山田が教え、女の子が覗き込んでいる
といった様子。二人の楽しそうな声がした。瀬田はちょっとためらった。ついさっ
きもバーベキューのコンロに立つ山田のそばにいた娘・・。
 と、歩みを止めた瀬田に山田が気づいて振り向いた。
「あ、瀬田さん、お風呂に火を」
「うんうん、すまんな」
 それで瀬田は歩み寄る。山田と一緒に振り向いて立ち上がった娘は、かなり
小柄。ジーンズにTシャツ。長い髪を少し染めて、一見すると学生にしか見えな
かったのだが、前回のキャンプでも見かけた記憶があった。ちょっと目のキツイ
感じの個性的な顔立ちだ。
 山田は言った。
「こちら古谷優子さんです。前回も参加されてて、今回はほら、スケジュールが
狂っちゃったから一人で参加されていて」
 瀬田は山田にうなずきながら優子に浅く頭を下げた。歩み寄ってみると優子
はますます小さい。見下ろして見上げる角度で向かい合う。優子は瀬田が目の
前に来たものだがらドキドキしながら口を開いた。
「前回で気に入って、これからずっとと思ってまして」
「うんうん、ありがとう。お一人でって、ここまでどうやって?」
「クルマ持ってますから。あたし二十五なんですよ。クルマはフィット」
 見かけによらない。高一の麻紗美と同期でも通じそうだ。
「そうですか、気に入ってくれたんだったら嬉しいよ」
「はい、それはもう。お気に入りにブックマークって感じですっ」
 頭がいい。切り返しが見事だと瀬田は感じた。

 山田がふたたびしゃがんで火をつくり、優子は立ったまま瀬田と向き合う。
 優子は言った。
「いきなりですけど、あたし瀬田さんにお願いがあったんです」
「ほ? どういった?」
「あたし瀬田選手のファンでした。失踪って知って心配しましたし、でもそんな
瀬田さんが見事に復活されて・・ううん復活じゃなくて発想の転換て言えばいい
のか転身されて」
「発想の転換とは?」
 瀬田は首を傾げてちょっと笑った。転換したつもりもなかったのだが・・。
 優子は言った。
「打たせない投手から打たせる投手へです」
「ほほう・・それはつまり打撃投手?」
「ええ、そうです。打てなくて悩む選手に打ちやすい球を投げてあげて、そうす
ればゴロでもいいからバットに当たるわ。失った自信を取り戻していくでしょうし
スランプを脱することもできるでしょ。瀬田さんの球を打ちに来る、それが瀬田
宿なんだって思いました」
 なるほど・・そういう発想もあったのかと瀬田は眸を丸くした。試合前の打撃
練習で投げる投手は打たせるために存在する。打たせないよう投げることしか
考えないのが選手というもの。

 そしてそのとき、風呂の焚き口を向いてしゃがんでいた山田が振り向いて言
うのだった。
「じつは僕もついさっき話を聞いて、後で瀬田さんに言ってみるからとは言って
たんです。古谷さんね、瀬田宿のスタイルに感動して自分も打撃投手になりた
いって言うんですよ」
 瀬田は山田にうなずいて、それから目の前に立って見上げている優子を見
下ろした。
「メンバーになりたいんだね?」
「はいっ、ぜひ。あたし男性恐怖症で・・これまでてんでダメだったんですが、前
回のキャンプで瑠美さんにも感動したし、みなさんの中にいたいって思ったんで
す。あたしを変えられるような気がしたから」
 深みまでは聞かされていなかった山田。しゃがんで振り向いていながら優子
を見上げていたのだった。
 優子は言った。
「兄がいますが、ちょっと乱暴というのか、子供の頃からいろいろ悪戯されたり
して男の人が怖くなって。言えないようなこともされたんです。あたしなんてカラ
ダはこんなだし、子供みたいで魅力ないよなぁって思ってて。でも打撃投手なら、
打ちやすい球を投げてあげられるって思ったんです」

 眸を逸らさず話す姿で熱意は伝わる。しかし他の参加者たちのてまえもあっ
て、いまここでというのはどうしたものかと考えていると、優子の背後の山田が
口を開いた。
「違うよソレ、古谷さんは可愛いよ。ダメだよ卑下しちゃ、僕は好きだし」
 ハッとしたように山田を振り向く優子。それは女が見せる面色だった。
 山田がそこまで言うなら考えてやるべきだ。瀬田は優子に対して黙ってうな
ずき、山田に言った。
「ここ、ちょっと頼むな。じきにみんなが来るから」
「あ、はい」
 それから瀬田は優子に言った。
「ちょっと向こうへ。そういうことなら話しておきたいこともあるから」
「はいっ行きます」
 眸を輝かせて応える優子・・そのことよりも、その背後で微笑む山田が瀬田は
嬉しい。優子へのいい言葉だと感じていた。西浦と瑠美のことがあって落ち込
んでいたはずが、山田も奮い立っているのだろうと思うだけで、嬉しくなる瀬田
だった。
 踵を返して家へと戻る。そのときちょうど麻紗美が出てきて、追うように山崎
と砂田が戸口に顔を覗かせた。恵子はまだ中にいる。皆に引き合わせてもよか
ったのだが、このとき瀬田は彼ら二人の悩みを聞いていたから、麻紗美と恵子
を校舎へやって山崎と砂田の男二人を呼び止めた。麻紗美も恵子も向こうへ行
けば山田から聞かさせるはず。BLっぽくMっぽいと言って悩む二人に会わせて
みたい。

 家の中に男三人と優子が一人。砂田が気を利かせてジュースのグラスを運
んでくる。二部屋の間にあって、いまは使われていない薪ストーブを囲むように
座り込む。
 瀬田は二人に言った。
「二人の悩みは何だった? 彼女は古谷優子さんだ、二人と同年代だよ」
「そうですか、はい」
 山崎と砂田は顔を見合わせ、初対面の優子がここにいる意味を考えながら、
口を開いた。
「ユニセックスなんですね僕らって。だから原宿のショップに転職したんだ。性別
じゃなく着られる服が好きってこと。BLっぽい、女性に対してMっぽい、女装に
も興味がないわけじゃない。おかしいんじゃないかってずいぶん悩んだんです。
BLじゃないしMでもないんだよ。女装シュミもいまのところないし。だけど心のど
こかに憧れのようなものを持っていて・・ヘンでしょう?」
 真剣な面色で聞き入る優子。穏やかな横顔をしていると瀬田は感じた。
 優子はちょっと微笑んで言った。
「ヘンじゃないわ、ぜんぜんいいと思うけど。私は男の人が怖いビョーキ。兄が
います。子供の頃から言えないようなことをされてきた。女の中にいたほうが自
由になれる。レズっぽい。でもそうじゃない。苦しんできたんだよ。私なんてダメ
人間だって思ってた。瀬田宿に出会って私、みんなの中にいたいと思った。大勢
の参加者のために何かがしたいと思ったの。ここにいると感動することばかりだ
わ。羨ましいもん、そういうの・・瑠美さんすごいし・・」

 瀬田は黙って聞いていて、双方に向かってちょっと笑った。
「俺はこう思うんだ。自分らしい姿を貫けってね。他人に認めさせようとしなくて
いい。堂々と自分らしく、そうすれば否定できる者がいなくなる」
 双方ともにこくりとうなずく。瀬田は言った。
「さてそこで。この子を瀬田宿のメンバーにしていいものか。スタッフになってく
れたこの子を君たちは愛していけるのか」
 男二人は言下にきっぱりうなずいて、砂田が優子に問いかけた。
「僕らだって今日がはじめてなんですよ。作務衣だって間に合わない、そんな
参加でスタッフのつもりなんだけど、古谷さんは、こんな僕らを受け入れてくれ
るんだろうか?」
「もちろんです、悲しいことを言わないで」
 そのとき瀬田が横から言った。
「さっきの山田は悲しかった。わかるよね?」
「はい、わかります。もう言いません。私も一緒にやらせてください」
 瀬田は自分の膝をぽーんと叩き、優子の背へ手を添えた。
「よろしく頼むよ、優子ちゃん」
「はいっ! ああ夢みたい・・いいんですね?」
 そのとき砂田が言った。
「僕らだってそうですよ、瀬田宿に入れたことが夢みたいだ」
「よしっ、おっけ。向こうへ行くぞ。大勢で遊ぼうじゃないか」
 瀬田が立って、皆が一斉に立ち上がった。
 家を出てみると雨が少し強くなっていた。小走りに歩きながら瀬田は言った。
「三人ともメンバーなんだが今日のところは作務衣がなくてね。気楽に楽しん
でくれていいから。泊まるのも、とりわけ優子ちゃんは次回からということで」
 そのへんの事情はもちろんわかる三人。三人ともに今夜は校舎でと言い出し
た。

 校舎に戻ってみると女性陣のシャワー争い。一度に三人しか入れず、五右衛
門風呂の鉄釜に手押しポンプで冷水をくみ上げて沸かしながらでないと湯が尽
きる。山田一人で奮闘中ということで、そこに山崎と砂田をヘルパー起用。優子
は自分のシュラフのある二階へと戻っていたし、斉藤は前回同様に一階奥の講
堂、恵子と麻紗美は二階の部屋を回っていた。
 瀬田が加わると盛り上がる。瀬田が目当ての参加者がほとんどだったが、選
手時代のイメージよりも、能登からはじまる瀬田宿の成り立ちを訊きたがる者が
多かった。しかし斉藤が根回ししてくれていて、向こうの家に泊まりたいと言い出
す者はいなかった。校舎でもそうで一階の階段横の職員室はひときわ狭く、そこ
はスタッフ専用ということになっている。
 恵子との結婚は今回は伏せておく。騒ぎになるだけだったし、祝福に応える支
度をしていない。次回キャンプの当日まではネットでも伏せておくつもりでいた。
ただ瑠美と西浦のことはインスタそのほかで知れ渡り、そういうことも未婚の女
性にはたまらない話題になる。
 二階へやってきた瀬田に恵子が大袈裟に両手をひろげて首をすくめるしぐさ
をした。その部屋には男が五名、女が三名、いずれも二十代の半ばあたり。男
女が同伴した二組の部屋となっていた。シュラフをひろげて座り込み、その中央
で恵子が汗をかいている。
「うん? どうした?」
「瑠美さんのことで、やんややんやと」
「ふふふ、なるほどね。おっけ、ここは代わろう、俺が話す」
 瀬田と恵子が入れ替わり、そのとたんに男女八名が輪を絞る。
 ほぼ十四歳も違う学生のアタックを受け入れた瑠美を、皆一様に尊敬すると
言っていて、女性陣はぽーっとして憧れるような雰囲気だった。この部屋の八人
は初参加で実際に二人に会ってはいなかった。

 瀬田は言った。
「女神なんだよ、瑠美さんて人は」
「そう思います、あたしだったらどうだったかって思うと、きっとムリ」
 女性陣がうなずき合って、男たちも無謀にもほどあると笑う。瀬田はちょっと
苦笑した。わかっていない。
 瀬田は言った。
「歳の差って何だろうね? 一度きりの人生がわずかの差で重なってる。その
ことに意味があるのと違うだろうか。好きです、ダメなら死ぬとまで言われれば、
やさしい瑠美さんは溶けてしまう」
 一人の女の子が言った。
「でも、西クンて彼女のこと、どう呼んでるんだろ? お姉さんなんて差じゃない
んだし」
 瀬田は笑った。瑠美から聞かされたことを少しだけ話してやる。
「いつまでも敬語はないでしょと言われて、西のヤツ、嬉しくて嬉しくて涙ぐんで
名前で呼んだそうなんだ」
「涙ぐんで呼んだ・・へええ、そうなんですね、それはちょっと嬉しいかも。あたし
だったら可愛くてたまらない。抱き締めちゃうよ」
 瀬田はうんうんとうなずいて微笑んだ。
「女性の気持ちは俺にはちょっとなんだが、マジで口説いた西のヤツを見てい
て思った。このマヌケにゃ、とても勝てねーって。まったくすごい男だよ」
「ほんとほんと、そう思う」
 女性陣は物思うようにうなずいている。それほど燃える恋愛をしてみたい。
「だけどさぁ・・そんな男がどこにいるやら・・」
 女三人にジトッとした横目を向けられて男たちは声もない。可笑しい。瀬田は
笑った。

 行く先々で似たような会話の脈絡。二階を回ってひとしきり話し込み、階下に
降りて職員室を覗いてみても、そこは空っぽ。瀬田のシュラフだけが敷いてある
だけだった。
 そして職員室を出たとき、裏手にあるシャワールームから女の子が三人出て
くる。年代は少し上か。二十代後半といったイメージだったが、三人ともに洗い
髪をタオルで巻いて現れた。
 瀬田は言った。
「どうでした? 笑えたでしょ?」
「笑えたって言うか、貴重な体験でしたね。バケツにお湯をくんで提げるシャワ
ーなんて見たことなかったし」
「でも最高っ。気持ちよかった。外でポンプとか火加減とか、男の子たちが一生
懸命やってくれて、入ってて嬉しかった」
「瀬田さん、ありがとう。これ以上ないキャンプだわ。おトイレなんて、まさに学
校の怪談なんだし、嬉しくて発狂しそう」
 そう言って明るく笑う三人に瀬田はほっと胸を撫で下ろす。

 と、ちょうどそこへ山崎と砂田の二人が裏口のほうからやってきた。その子ら
三人が最後のシャワーだったようで、山田が残っていろいろ始末をしてから行く
と言う。シャワーを終えた三人は一階の講堂にシュラフがあって、山崎と砂田に
ちょっとおいでよと言っている。中性的なムードの漂う男二人に興味があってな
らないようだ。
 それで六人揃って講堂へ行くと、この校舎でもっとも広いスペースを四分割し
てそれぞれのシュラフが敷いてあり、斉藤はその真ん中あたりに寝そべってい
て、男女数人に囲まれていたのだった。瀬田の姿を見つけると囲んでいた若者
たちがサッと座り直して瀬田を迎える。
 そんな中で一人、今回参加の女性の中でもっとも歳上らしい彼女が斉藤と缶
ビールを傾けながら楽しそうに話している。彼女も初回参加でリストと姿が一致
しない。瀬田はそんな二人のそばへと歩み、あぐらをかいて座り込む。ここでも
能登からはじまる瀬田宿のこと、瑠美と西浦の結婚が話題になっていた。

 若い男女が盛り上がっている中で、斉藤のそばにいる一人だけが微笑んで
聞いていて、だからどうだとは言わない。彼女だけが大人だと瀬田は感じた。
「さすがです瀬田さんて。すごいことをはじめられたんだなって感じます。失踪
されてた意味があるって言うのかしら」
 口を閉ざしていた彼女が喋ると、周囲は逆に黙ってしまう。
 瀬田は言った。
「すべては能登から。中三だった少女に出会ったことからはじまるんです。歳の
差を言うなら一回り違う彼女だったが惹かれていた自分がいる。子供じゃなく女
性として見ていた僕がいるんです」
 その人はうんうんとうなずいて、さらに言った。
「私は三十、瑠美さんと彼の間ぐらいなんですよ。私もバツイチ。どっちの気持
ちもわかりますし、歳なんてどうでもいいって思っちゃう。あ、私は佐藤香美(こ
うみ)で、こちらの斉藤さんと、ヒジョーにおしいって話になって笑っちゃって」
 佐藤香美(こうみ)と斉藤香津美(かつみ)。苗字も名も確かにおしい。香美も
またシャワーを済ませていたようで、ピンクのスウェットの上下に着替えていた。
長い髪の色が浅い。美容師だと香美は言った。瀬田宿をネットで知ってショップ
を覗いた。野球が好きで横浜シーシャインズのファンだと言う。
 香美はそっと言った。
「千早ちゃんのこと悲しいですよね」
 瀬田は応じた。
「お墓に行って来ましたよ。だけど千早はしめっぽいのが好きじゃない。ここへ
導いてくれたのは千早です。そのためにも笑顔でいないと」
 それには周囲の皆も、それぞれ黙ってうなずいていたのだった。

「ええーっ、じゃあじゃあ恋愛対象は女なんだけど、そうするとMになっちゃうっ
てコト? あははは、変態チックぅ!」
「てか、あたしらで可愛がってあげよっか! あっはっは!」

 女たちの楽しそうな声が響いてきた。瀬田も香美もふとそちらへ眸をやった。
山崎と砂田がさっきの三人にまつわりつかれて苦笑している。話す流れの中で
性癖までも隠さず話した。あの二人も次への一歩を踏み出していると感じて瀬
田は嬉しい。優子との出会いが何かしら決定的なきっかけになったのではと考
える。
 そんなとき斉藤が言った。
「どうしろとは言わない。しかし相手を拒まない。それが瀬田宿なのさ。さてみん
な、ぼちぼち終わろうか」
 時刻は十時半をすぎていた。斉藤の視線を追って見渡すと、持ち込んだ小さ
なランタンを消してシュラフにくるまりだしている。そういうところのコントロールは
さすが斉藤。
 その場を離れて職員室に戻ってみるとタッチの差で恵子が覗いた。
「山ちゃんがお風呂の掃除してるって聞いたから行ってみたら、さっきの子が」
「ああ、古谷優子と言ってね、メンバーに加わってもらった」
「それ聞きました。二人で仲良く後始末してたから、あたしそっと戻ってきちゃっ
た。いい雰囲気だったんだ」
「優子ちゃんもそうだが山田も確かに変わってきてる。みんなそうだ。そんな姿
を見てるとね、俺もまだまだって思ってしまう」
 恵子は微笑んでうなずいて、瀬田の頬にキスをする。
「さすがよ瀬田さん、優子ちゃんのことをあの二人に決めさせた。どっちも変わ
れるチャンスが来る」
 ちょっと笑ってそれには応じず、瀬田は言った。
「恵子と、それに麻紗美、山は家で。優子ちゃんと彼らには作務衣がない。今
回はこっちで寝てもらったほうがいいだろう」
「わかりました、じゃああたしら戻りますから」
「麻紗美は?」
「もうもう男の子に引っ張りだこ。あの子も変わった、確かに違う」
「そうか?」
「恋愛を探してる。クラブの中でってことじゃなく、充満する感情を受け止めてく
れる相手が欲しい」
「そうか・・うん、麻紗美も大人だ、いい子だよ」
「それはもう大人です。ついさっきも、周りの子たちがガキっぽくて話にならんて
笑ってますもん」
 笑顔を残して恵子が出て行き、瀬田は明かりを消してシュラフにくるまる。外
は雨。かなり降っていたようだが、それでも窓越しの空は明るい。

「千早、ありがとう・・愛してる・・」

 小声でささやく、まさにそのとき。
 山田と麻紗美を伴って家に入りかけていた恵子は、ビッと感じるものがあり、
しなやかに微笑んでいた。恵子の中の千早は嬉しい。

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