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生と死のレゾナンス


四話 科学と非科学


 揃ってブルーリバーを出て調布駅のホームに立ったとき、三森の背後に寄り
添うように周囲を警戒する平沼刑事に、三森は言った。
「それにしても、そんなことってあるものでしょうか。呪いがどうとか、とても信じ
られなくて」
 平沼が言った。
「私だって信じてなんていませんでしたよ。突き落とされて、そのときチラッと赤
い服が眸にとまり、落ちて一瞬手をついたんですが、とっさに振り向いたときに
は誰もいない。ゾーッとしちゃって脂汗でしたから」
 平沼と三森の二人がそうして電車に乗り込んだ頃、ブルーリバーに残された
マスターの宗像、友紀美、そして篤子は裏口から出ようとしたところ。友紀美の
バッグの中で携帯電話が震えたのはそのときだった。着メロでわかるようにして
あったのだが、そのときは深刻な話の後でもあってマナーモードにしたままだっ
た。
「姉さんだわ。もう、ムカつく、遅いのよ」
 怒りだす友紀美の肩に、宗像はそっと手を置いた。

 友紀美の姉、真木亜沙美は、結婚して荻窪に住んでいたのだが、それも二月
ほど前までのこと。亜沙美はいま三十二歳。夫の原田弘樹(はらだ・ひろき)と
いう男はちょうど十歳上だったのだが、若い頃からジャズバンドにいたサックス
奏者。仕事で方々を飛び回り、ほとんどすれ違いの夫婦だったし、派手好きで
女癖が悪く、亜沙美は結婚当初から、この結婚は失敗だったと妹に愚痴って
いた。発展家だった亜沙美にすればフィーリングが合うというだけで男女の関
係に発展させた。失敗の元凶がそこにあった。
 その弘樹が急逝したのは半年前の惨劇が起きたすぐ後のこと。不摂生が祟
った心臓発作だったのだが、これには事件性はまるでなく、つまりは不倫相手
とのベッドで腹上死ということだ。
 呆れ果てた亜沙美は籍を抜いて旧姓に戻り、二人で暮らした2LDKのマンシ
ョンもいまでは独り暮らしの部屋となっている。それがあって時間ができて、亜
沙美はますますアミラの呪いを追うようになっていく。
 電話があって、いままさに出ようとした三人は店の中へと引き返した。

『平沼さんが襲われたそうね? マジなん? 赤い服の女なんだって?』
 亜沙美の声が漏れていた。亜沙美の留守電に入れたのは三森に会う前だっ
た。友紀美はかなりキレていた。
「マジに決まってるでしょ! あのね姉さん、それもあるけど、それどころじゃな
くなっちゃったの。帰って来てよ、いますぐ!」
『それムリだわ、もっか取り込み中だから』
「いい加減にしてよね、この極楽とんぼ! ヒルが出たのよ。小さな男の子が
血を吸われて大騒ぎになりそうなの。砧公園なのよ、この意味わかるでしょ!」
『砧公園? 世田谷の? ウソでしょ?』
「もう怒るから。ウソついてどうすんのよ! それでいま愛林大学の生命学なん
たらの学者さんがやってきてブルーリバーで話したところ。まさか姉さんじゃな
いわよね、毒ビル持ち込んだの」
 篤子がくすくす笑っている。生命学なんたらとは・・。冷静なら上品な友紀美
なのに言葉がだんだん荒れてくる。二十五歳と若い若い。宗像もちょっと苦笑
して友紀美の肩をぽんと叩いた。

「だって・・ムカつくんだもん・・」 と、ぼそっと言う友紀美。

『えっえっ? 何だって? 聞こえないしぃ?』
「こっちの話だわっ! いいから早く戻ってよ! その子を救おうとして大学の
先生だって必死なんだからね!」
 こりゃダメだと感じた宗像が横から手を出してスマホを引き継いだ。
「おぅ、ひさしぶり」
『あ、ヤだぁ、マスターいたの?』
 妹一人が相手と思ったようだ。いきなり女のニュアンスに。
「いたんだよ、悪かったな、ふふふ。まあ、ちょっと話もあることだし戻って来ら
れたらと思ってね」
『ごめんなさい、いまちょっと動けないの。よければこっちへ来てくれない? そ
れなら会えるし』
 漏れだす声に、友紀美と眸を合わせた宗像。
「いいのか行って?」
『いいわよ、もちろん。奥多摩湖のそばの民宿にずっといる。湖風館(こふうか
ん)よ。湖の風の館。湖の北側でダムからはちょっと遠いかな。国道411号を
ずっと来て蜂谷川渓流釣り場を目指せばわかるから。それより山ビルが出た
そうね?』
「うむ、そうらしい。四歳の子供がやられた。それより亜沙美」
『うん・・はい?』
「平沼が襲われたんだ、くれぐれもムリするな」
『ありがと。でも大丈夫。消えた人形を探そうとしてるだけだから』
「おっけ、わかった、電話じゃなんだから明日にでも向かうよ」
『明日? だって、お店は?』
「冷蔵庫が壊れたと思うことにする」
『あはは、何よソレ、マスターらしいわ。じゃあ明日。近くに来たら電話してって
妹に言っといて。どうせ一緒に来るんでしょ。じゃあね』
 ちょっと笑ってスマホを友紀美に返してやったが電話はすでに切れていた。
友紀美は呆れて首をすくめる。

 亜沙美の声はスマホを漏れて皆に聞こえた。友紀美は宗像に向かって眉を
上げ、行くのと訊くように眸を見開いた。今日は三連休初日の土曜日で日月
と休みが続く。そういう意味でもちょうどよかった。
 ここで宗像は一考した。今回は亜沙美と話すことが目的で探りを入れるつも
りはない。難しい顔をした男が一人で乗り込むよりも皆で遊ぶ感覚の方が自然
に映ることだろう。刑事だった頃の習性が抜けてない。用心深くなってしまう。
「奥多摩だと時間がかかる。明日の朝七時に店で。なんか軽く喰って出ようじゃ
ないか。篤ちゃんもな」
「はーい!」
 嬉しそうに笑う篤子。
「それから篤ちゃん、このことはしばらく伏せておくように」
「わかってまーす。ふんっ」
 子供扱いされたと思ったのか篤子はちょっと拗ねたそぶり。
 篤子の写真の師、石原が最初のキャリアであったなら、奥多摩湖が関東に持
ち込まれた最初ということになる。三森との話に付き合わせておいて仲間はず
れでは可哀想。これはドライブだと割り切った宗像だった。

 奥多摩湖は、北に秩父、西に山梨に接する東京との端境にあるダム湖。東京
都ではあっても湖面で標高五百メートルを超えていて、周囲の山々には九百メ
ートルを超える山もあり、自然の真っ只中と言ってもよかった。ダム湖特有の切
り立った湖岸に沿って道筋がのびていて、目指す湖風館はたやすく見つけるこ
とができていた。宿は湖岸から右に緩やかな坂を登ったところに建っていて、一
部がログハウスふうに造られた小洒落た民宿。建物前の駐車スペースから木立
の隙間に青い湖が透けて見えた。
 館の前には亜沙美が乗る赤いビッグバイク。宗像はバイクの横にシルバーメタ
リックのステーションワゴンを停めた。時刻は昼下がりでチェックインタイムには
早過ぎる。しかし連泊する亜沙美の部屋に転がり込むのだから問題ない。駐車
スペースにはバイクと宗像のクルマのほかに一台、白いランドクルーザーが停め
られていた。
 亜沙美は待ち構えていたようで、エンジン音を聞きつけてエントランスから現れ
た。ホワイトジーンに黄色いシャツを合わせ、トレードマークのような赤く染めた
ロングソバージュを風でなびかせ立っている。

 そしてその同じ頃、八王子にある東京愛林大学病院、伝染性疾患隔離病棟で
は、冷たいガラスを隔てた親子の対面に、担当医ではなかったが白衣姿の三森
怜香が付き添っていた。
 旧姓、中條~立花翔子と、わずか四歳の子供、亮との対面。幼い亮は、万一
のリスクを考えて隔離されているだけであり元気そのもの。ママがいるのにどう
してそばに行けないのか納得できるはずがない。ガラス越しに医療スタッフが往
き来しているはじめての空間を怖がって、出たいと言ってガラスを引っ掻いてい
たのだった。
 母親の翔子はたまらない。そしてそれを見守る三森はさらに辛かった。原因
が特定できていれば打つ手はある。自分自身の非力さを思い知る三森。
 泣きわめく我が子に後ろ髪を引かれながらも、翔子は三森に案内されるまま
大学構内にある生命科学研究室に連れて行かれた。普段なら週末はがらんと
しているのだったが、今日は十数人いる若い研究者が白衣姿で顔を揃える。全
員の目的はひとつ。リーダーの三森が亮の母親を連れて入って来たことで、ス
タッフたちは奮い立つ。何としても! そして早く!

 三森は研究室の手前にあるパーテーションで仕切られた会議スペースへ翔
子を座らせ、昨日ブルーリバーで皆に見せたのと同じ動画を、説明しながら翔
子に見せた。真実を知らせて心構えをしておいてほしいから。
 翔子には声もなかった。半年前にあった無差別殺人は報道で知っていても、
その同じ毒ビルが関連することは伏せられていた。パニックになるからだ。
 三森は言った。
「亮クン、可哀想で見てられないけどわかってね。みんなそのために必死でや
ってる。私たちだけじゃない、学外にも協力者はいますから」
 翔子は言った。
「それでも様子を見ないとわからない? このままずっと隔離して?」
 三森は、きっぱりうなずいた。
「念のため、まずは二週間。二週間して異変がなければ退院してもらっていい
けれど、その後しばらくはママとして経過を観ていてほしいのね。原因を特定し
てみせる。きっと」
 翔子は肩を落としてうなずいた。三森がその世界で優秀なのは知っている。
三森とは、ツアープロからリタイヤしてテニスコーチだった頃に大学の体育祭
に呼ばれたのがきっかけで知り合った。付き合いも長く、三森の使命感がどう
いうものかは知り抜いているつもり。あのまま町医者だけですませてしまえば
取り返しのつかないことになったかも知れない。ここは医学と科学の最先端。
専門家に任せるしかないのである。

 三森は言った。
「このこと、ご主人には?」
「もちろんよ。でもいまアメリカなのね。疑わしいって状態では帰れないって言
ってたわ」
 翔子の夫は大手商社のエリートで、一年の内の半分は日本にいない。それ
だけに母としては辛いのだった。私さえ注意していれば・・私のせいだと考えて
しまうから。三森は翔子の手を両手で握って眸を見つめた。
「希望はあるわ。このヒルは何者かによって持ち込まれたものですけど、それ
じゃ元々多くのヒルがいる山間部の人々はどうなのってことなのね。発症例を
聞かないからよ。明日にでも私とチームで調査に出るから」
「わかった。お願いよ、亮を救ってやって」
 突き上げる涙をこらえる三森の中で、それは怒りに変わっていった。

 湖風館。亜沙美の部屋は八畳和室。
 亜沙美は派手な部類の女だったが意外に古風なところがあって、旅の宿で
は必ず和室を選ぶという。宗像とすれば都合がよかった。洋間ではベッドの数
しか泊まれない。今夜は一泊。四人で雑魚寝になるだろう。
 畳の部屋の中央で大きな座卓を囲んでいた。宗像と友紀美の二人で三森と
いう学者それに平沼と話したことを亜沙美に告げた。
 亜沙美が静かに語りだす。
「ヒルなんて眼中になかったの。こんなことになるなんて思ってないし」
 それには皆がうなずいた。しかし亜沙美は首を傾げる。
「でも、それって妙な話よね。ヒルが最初に奥多摩に運ばれたのが三年前で、
一定の個体数に増えるまでの二年半は潜伏してたって話はわかるの。で、毒
ビルがらみの事件が起きたのは半年前、なのにそれから以降起きてはいない。
丹沢もだし、どこもかしこも毒ビルだらけだとすれば事件は他にもあっていい
はずよ?」
 宗像は言った。
「俺もそう思ったが、そこはどうだか。ここ数年の間にも、自殺や変死、無差別
殺人はあちこちで起きてるからね。それとこれが結びついていないだけかも知
れないし、いまさら掘れる話じゃないし」

 亜沙美はちょっと黙って、こくりとうなずき、そして言った。
「アミラがなぜ恐ろしいのか、そこから話すね。都市伝説に赤い服の女がある
けれど、アミラの恐怖はそんなものじゃないんです。あの人形には、まず三人
の女の怨念が宿っている。十五歳だったケイト、いいえ圭子を連れ去ったのは
当時の海軍の山科(やましな)大佐なんだけど、その家で家政婦だった人の娘
さんが去年まで生きていて話が聞けた。圭子は責め抜かれて殺されたそうな
のね。次にその母親よ。どうかこの子をお願いと言い残して託したのに、育ての
親だった丸尾尚吾(まるお・しょうご)は、実子の楓、そして一家の生活を守るた
めとは言え差し出してしまったわ。これにママのキャサリンは怒ったの。だけど
もっとも怖いのは丸尾の実子だった楓の怒りよ。大好きだった姉を男どもに殺
されて、形見代わりに戻されたアミラさえも実の親は燃やそうとした。丸尾とそ
の妻、つまり父と母は長くは生きられなかったそうなのよ。三人の女の恨みを背
負ってしまったから」
 宗像は淡々と、友紀美は冷静に、しかし篤子は眸を輝かせて聞いている。

 亜沙美は続けた。
「楓は可哀想なアミラを、ここから近い尼寺に託し、しばらくは尼寺に留まってい
たんですけど、楓もまた綺麗な子でね、戦争の疎開でここらに集まって来た人
たちの中にも男のクズはいるもので、色目を使われ、愛想が尽きて消えてしま
った。それきり二度と姿を見せなかったということよ。それはアミラへの想いを
この地に残しているということなんです。さらに悪いことに尼寺には救いを求め
て不幸な女たちが押しかける。本堂にある如来様の横に置かれていたアミラは、
女たちの苦しむ姿を嫌というほど見せつけられた。アミラの中に女たちの怨念
が鬱積していき恨みの塊のようになっていく。代々の庵主様が供養なさり、それ
でどうにかおとなしくしていられた」
 宗像が問うた。
「そのアミラを実際に見たんだろ?」
「数年前から何度か姿を見てますし、最初のときは先代の庵主様にお願いして
一夜を本堂で過ごしたのね。そしたらどうよ、数え切れない女霊たちに囲まれ
てしまったわ。その中に圭子や楓、キャサリンの姿もあった」
 ぅぐぅ・・と篤子が唾を飲む喉鳴りがした。篤子が言った。
「怖くなかったの? 何もされなかった?」
「それは大丈夫。霊感があるからお姿が見えるでしょ。それで一人ずつお顔を
見て拝んであげると、相手は自分に気づいてくれる人だと思う。それが供養に
なるんです。そのへんの事情を知って会いに来るのは私ぐらいのものなんだし
ね」

 そして亜沙美は、宗像の眸を見つめて言った。
「あの事件・・ほら友紀美の」
 宗像は静かにうなずいた。
「私にとって友紀美は分身のようなもの。身を切られた思いがした」
「・・姉さん」
 姉妹の絆と言ってしまえばそれまでだが、二人の視線の交差に宗像は胸が
熱くなる。
「三年前のあのことがあってから私はもちろんアミラを訪ねた。どうか妹を救っ
てあげてとお願いしたのよ」
 聞いていて友紀美の眸に涙が浮いてくる。
「ふふふ、そしたら・・」 と亜沙美が言いかけたとき、宗像がぴしゃりと言った。
「もういい、終わったことだ。今日来たのはそれを話すためじゃないんでね」
 宗像は亜沙美に微笑んで、うんうんとうなずく素振り。
 亜沙美は亜沙美で、ちょっと微笑み一度だけ『うん』とうなずいた。
 宗像は眉を上げて言った。
「それで? アミラは見つかりそうなのか?」
 亜沙美は力なく首を横に振って言うのだった。
「念は感じる。近くにいるのは間違いないと思うんだけど、でもちょっとヘンな
のよ」
「ヘンとは?」 と、友紀美が問うた。
「お寺の周辺が特にそうなんだけど、何かこうモヤモヤとした怪しい気配が漂
ってる感じなの。森というのか山というのか、そこらじゅうに邪念が蠢いてる気
がするわ。前はそうじゃなかった。なのにいま、何かが違うとしか言えないけれ
ど妙な念が膨張しだしてる気がするの」

 そのとき横から篤子が言った。
「お人形が消えたのは二年前でしたよね?」
「そうよ」
「そのときお寺を出た尼さんか寺男が持ち出してしまったとか?」
「それはない」
「どうしてそう言えるの?」
 亜沙美は微妙に笑って応じた。
「先代の住職さんが還俗(げんぞく)なさったからよ」
「還俗って?」
「僧侶を辞めて女として俗世間に戻ること。先代の住職さんは五十前の綺麗な
女性だったのね。以前に寺男だった人が高齢で去っていき、次の人が五十代
の男性だった。住職に想いを寄せて結ばれたってことなのよ。第二の人生を踏
み出そうとする二人が怨念のつまったアミラを持ち出すはずがないでしょう」
「ふーん、そうなんだ・・そんなことってあるんだね、尼僧さんの恋って言うのか」
「もちろんあるわよ。僧でも女なんだし、逆に愛に苦しむ女たちをみてきた分、
想いは深くなっていく。ついで言うと、そのとき修行僧だった人は若すぎて引き
継げないということで鎌倉にある明浄院(みょうじょういん)という尼寺に戻って
行ったそうだから。いまの住職さんは香妙尼(こうみょうに)という名で四十代。
その明浄院から送られた尼僧さんよ。寺男は佐久田(さくた)と言って六十代。
若い修行僧は若蓮(じゃくれん)さんて言うんだけど、文字通りの若い女の子。
二十二なんだって」
「へええ、二十二か・・」
「実家が山梨にあるお寺だそうで、そこの跡取り娘なんだって。いまは僧侶で
も結婚が認められることが多いらしいし」
 篤子は何を思ったのか、ちょっと笑ってうつむいた。思い描く法衣をまとった
尼僧のイメージと愛欲に狂う女の姿が重なったのかも知れなかった。

 それから亜沙美は視線を篤子から宗像へと静かに流した。
「でもアレね、わけがわからくなってきた。ヒルにエイリアンが寄生するとか・・
それはともかく、ヒルにやられた人が狂って人を襲うのはわかる気がするけど、
そのときどうして『アミラの呪い』なんて言うのかしら? それじゃまるでアミラの
念がヒルに取り憑いて・・怨念が感染してるみたいよね?」
 怨念が感染する・・言われてみれば確かにそうだと宗像は考えたのだが、そ
れもまた説明できない話。宗像は言った。
「理解に苦しむとしか言えないね」
 それに亜沙美もうなずいた。
「お寺から持ち出されて供養されなくなったアミラが暴れだしたってこともないと
は言えないけど、それにしたって無関係な人を襲ったりはしなし無関係な人の
恨みなんて、それこそアミラには関係ない話だわ。一方で毒ビル事件を捜査し
ていた平沼さんを襲ったのは赤い服の女・・つまりアミラ。そう考えるとアミラの
念がヒルに取り憑いたと思うしかなくなってくるでしょう?」
 篤子が言った。
「まるでアミラの手下みたい」
「そうなのよ。だけどそんなことってあるわけないじゃん。あるわけないけど、ア
ミラとヒルのつながりは否定できなくなっている。だいたいヒルなんてそこらじゅ
うにいるわよ。血を吸われて狂うとすれば事件だらけになっちゃうし」
 友紀美は問うた。
「このへんでは聞かない?」

 亜沙美は当然と言うようにきっぱりうなずいた。
「聞かないよ、平和なもんだわ」
 宗像は言った。
「それを確かめに来たわけで。いまも言ったようにヒルの地元ではどうなんだい
ってことになる。小さな山里なんて壊滅する」
 友紀美が言った。
「三森さんの調査待ちよね。地元の人には影響しない何か・・それは水とか」
 しかし亜沙美は首を傾げた。
「そういう問題なのかしら? 科学じゃ片づかない話じゃない? アミラの怨念
と関連するならアミラを止めなければならないし、もうひとつ、それに手を貸す
誰かがいるってことなのよ。都心にヒルを持ち込む誰か・・」
 亜沙美は宗像を見つめて言った。
「そこで気になるのが楓の存在と、これはいま話を聞いてふと思ったんだけど、
キャサリンの存在なのね。楓はすでに死んでいる。けれど子や孫がいるんじゃ
ないか。また乳飲み子を連れたキャサリンはなぜ日本を目指したのか?」
 それに対して篤子が言った。
「当時の台湾で何かがあって逃げ出したとか? 日本にはケイトの父親か、あ
るいは家族か、それでもなければ友だちがいて、だから頼って逃げ出した」
 友紀美が言った。
「そう考えるのが自然よね。キャサリンは脳疾患だったそうだから、すべてを言
えないまま死んでしまった。日本で待つ誰かはキャサリンの子を探し続けてアミ
ラの人形の存在を知った」
 亜沙美が言った。
「もっと自然なのは楓だよ。楓には子孫がいて、何らかの理由でアミラを持ち出
した・・でもね友紀、どっちにしたっていまさら何でって疑問が残るわ。終戦から
でも七十五年、それ以前の話なのよ」
 宗像は言った。
「アミラの人形なんだが、育ての親が後になって与えたものらしいな?」
 亜沙美は返答に困った様子。
「調べた範囲では、船員だった父親が後になって外国で買ってきたものらしい
のよ。当時のことは、さっきも言った山科の家の家政婦だった人の娘さんに聞
いたんですけど、もう亡くなられてしまったし」

 アミラの人形の存在を知り、それと毒ビルとの関係を知った誰かがヒルを都
心に持ち込んだ・・そう考えるのがスジだろうと宗像は思い、ハッとする。
「三つの事件か・・なるほど」
 アミラの呪い・・毒ビルがらみの殺し・・そしてその毒ビルを利用した無差別殺
人。最後のひとつのみが犯罪行為ということになるわけだ。

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